ヲシテ文献
<真実性の根拠>
古事記・日本書紀との原文での比較対比をおこなった。 この結果、古事記・日本書紀はホツマツタエを原本として編纂されたことが明らかになった。 詳細は、『定本ホツマツタエー日本書紀、古事記との対比ー』(展望社)にて公開した。論考書として、『ホツマツタエを読み解く−日本の古代文字が語る縄文時代ー』(展望社)が詳しい。この根拠の確認は特段に大切なことなので、是非とも素通りを避けて頂きたい。怪しげなものであるのかどうか、この判断の分水嶺はこの一点にかかっている。
国文法の再考慮
『ホツマ』『ミカサ』『フトマニ』のヲシテ文献の文章は難解であると、よく聞く。 たしかに、その通りだと、私も同感する所だ。その源は何なのだろうか、
単に、成立時代が古いからだけなのだろうか。
ここでまた、よく聞く現代語がある。 「主語は何ですか?」 と。
『ホツマ』『ミカサ』『フトマニ』のヲシテ文献の文章では、この主語なるものの特定がことのほか難しい。
さて、昭和に入ってからの事だった。
『日本語には、主語を必要としていない文章が、本来的に多く存在しています』
と主張する、お人が現れた。
『むしろ、主語を必要としていない文章の方が、出現率にしても多くつかわれており、これこそが、より高度な文章形態である』
現代の天才と賞賛するべきなのではないか、浅野信先生は、私の最も敬愛してやまないお方です。
浅野信先生による新開発の国文法をもってすると、『ホツマ』『ミカサ』『フトマニ』のヲシテ文献の文章がスキッと理解されてくるのです。
あさの しん
浅野 信 (本名、のぶ)
明治38年 栃木県生まれ。国学院大学講師など。
主著:『日本文法文章論』 『日本文法語法論』 『日本文法文体論』 『日本文法発想論』
(昭和39〜53年、桜楓社<現、おうふう>)
日本語の文章は、四種類に分類できる。
1、主述文(主語を必要とするもの)―――――――― 南極は 晴れです。 風が 吹く。 など
2、帰着文(主語を必要としないもの)――――――― 本を 読む。 東京に 行く。 など
3、修飾文(主語を必要としないもの)――――――― 叩けば 開く。 日が陰(かげ)って 寒くなる。 など
4、独立文(主語を必要としないもの)――――――― こんにちは。 暑い! など
「明治時代から始まった、西欧文法の直輸入のままのものを、見直そう」
このように主張なさっている、浅野信先生の言葉は、私のこころにジンとくる。
なぜならば、浅野信先生による新開発の国文法をもってすると、『ホツマ』『ミカサ』『フトマニ』のヲシテ文献の文章がスキッと理解
されてくるからなのです。
難解な『ホツマ』『ミカサ』『フトマニ』のヲシテ文献の文章に悩んでおいでのお方への、大きな朗報と言えるのではないでしょうか。
また、『古事記』『日本書紀』の原書である『ホツマツタヱ』の文章にマッチする文法であるとなれば、根本的にヤマトコトバの基本をも
解き明かしてゆく事の出来る、優れた国文法と申せましょう。
ちなみに、ヲシテ文献に典拠のある ‘テニオハ・テニハ’ の用例の2個所を掲げます。
12、『本日本学』-2
『定本ホツマ』 25ページ (0−18)
『校註ミカサ・フトマニ』 13ページ (ミ-43)
ヲシテ文献での‘テニオハ・テニハ’とは、構文の形態の区別を
意味しているものでは、なかったのだろうか。
難解な、『ホツマ』『ミカサ』『フトマニ』のヲシテ文献の文章を、
的確に解明してゆく事の出来る浅野信先生による新開発の
国文法、この二者のマッチングとして考え出される事を、下
に表に記します。
ハ、 の構文 | 主述文(主語を必要とするもの) | 南極は 晴れです。 風が 吹く。 など |
ニ(オ)、 の構文 | 帰着文(主語を必要としないもの) | 南極に 行く。 本を 読む。 など |
テ、 の構文 | 修飾文(主語を必要としないもの) | 行(い)って 見る。 叩けば 開く。 など |
!、 の構文 | 独立文(主語を必要としないもの) | 綺麗! こんにちは。 など |
上の表の構文の名称を、下からつなげると ‘!・テ・ニ(オ)・ハ’となります。
日本語の文章の成り立ちについて、独特な構文があることへの認識が急務となるが、このことの理解はかなり困難でありましょう。
特にご希望なれば、日本ヲシテ研究所あてにメールを下されたく存じます。)
日本語の構文の基本形式は、偶数の文節の呼応(対比)にある。(単文節の独立文だけは除く)
↑浅野信先生発見の文章構文の基礎理論。
このことから、重文・複文と重々・畳畳(じょうじょう)に長く長く文章を続けて行っても、これが文章として成り立つ、と言えるのです。
要するに、ヲシテ文献の時代まで溯ってゆくことに寄与してくれるのは、現在のところ、浅野信先生による新開発の国文法だけと
申せましょうか。このことは、ヤマトコトバの真実に最も近いと言い換えても良いのかも知れません。
真実が見えてくると、次への発展の方向が解かってくると思います。
平成19年(2007) 12月31日 更新版、(C). 池田 満
↓テニオハ
↓テニハ
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特に高度な構文
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12、「本日本学」その2
国文法
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