1、概要

2、原典紹介

3、解説書籍紹介

4、ヲシテ書美術展−1

5、ヲシテ書美術展−2

6、ヲシテ書美術展−3

 ( wo  si  -  te)
ヲシテ文献

7、ヲシテ文献の研究方法-1

8、ヲシテ文献の研究方法-2

言葉の生命力

‘ことだま’という言葉がある。これを重要視する人もいる。 ところで、調べてみると‘ことだま’は、それほど古い言葉でもない事が判明する。『万葉集』に3例だけあって(894・言霊、2506・事霊、3254・事霊)、『古事記』『日本書紀』ともに1例も典拠がない。また、ヲシテ文献にも1例の典拠もない。これらの事々を勘案しても、諸般の事情を考慮しても、‘ことだま’の言葉の成立時期は、奈良時代を大きく溯る事がないようである。つまり、ヲシテ時代まで溯れる歴史があるかどうか、まことに、危ぶまれる、ということになる。 
  山上憶良 (894) 「…虚見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言霊能 佐吉播布國等 加多利継 伊比都賀比計理…」
  柿本人麻呂か?(2506)「事霊 八十衢 夕占問 占正謂 妹相依」(ことたまの やそのちまたに ゆうけとう うらまさにいう いもはあいよる)
  作者未詳 (3254)「志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具」(しきしまの やまとのくには ことたまの たすくるくにそ さきくありこそ)

              ・         ・         ・
言葉の変遷は思いの外に大きいといえましょう。
漢字以前の時代においての言葉はどんなだったのだろうか。歴史的仮名遣いが既に成立していたのだろうか。あるいは、歴史的仮名遣いが成立する前だったのだろうか。
こんなことを、調べてゆくために、ひとつの例をあげてみよう。 富士山の名前は、フか、フかどちらなのかを見てみよう。

『ホツマツタヱ』32アヤ24〜25頁に出典する典拠。
ここで、富士山の名前の由来が、植物の藤から来ていることがわかる。
で、藤の仮名書きの場合どうなるか、である。 ヂなのか、ジなのか。
    フヂノハナ 、ササクルユカリ
    ハラミヱテ 、ナオウムミウタ
    ハラミヤマ 、ヒトフルサケヨ
    フジツルノ 、ナオモユカリノ
    コノヤマヨコレ
    コレヨリゾ 、ナモフジノヤマ
藤の花ではフと記るし、藤の蔓ではフと記している。
もちろん、漢字文献からの歴史的仮名遣いでは、布や布に記載されていて、かもしくはであることになる。でも、それだけで、フの記載が筆写間違いだと言い切れるのだろうか。ヲシテ文献の成立時代は、歴史的仮名遣いの成立以前であることが、充分に想定されるからである。     そこで、他の写本での文字使いを調べてみよう。

『定本ホツマツタヱ』には諸写本の文字使いのすべてを頭注に記した。
ここを見てもらえばよい。 が、さらに実際に原書にあたろうとするなら、ここでの個所は4本の写本にあたる必要がある。このことも、『定本ホツマツタエ』で解かる。校異(写本の文字遣いの違い)があれば、写本の略称が上注に記されている。ここでは、四本の写本のあることが事が解かる。 さらに、残簡本があれば、左傍線が引かれているから、すぐ解かる。ここの用例では残簡本は無いが。
さて、32−24のフヂノハナのは、伝承時代の濁音表記で3本が記されている。安は和仁估安聡本、弘は小笠原長弘本、内は内閣文庫本(国立公文書館所蔵・小笠原長武本)。そして、ヲシテ文献の成立時代に溯るであろう古い字体として1本が記されてあった。武とは小笠原長武本である。
あとの2例のフについては、例外なく4本ともが、伝承時代の新しい濁音表記で記されている。このことから、フあるいはフと成立時代に記されてあった事を、考えの中から排除することは困難であるといえる。つまり、にはフと記し、にはフと記す。
このことから、次のようにも考えられるのではあるまいか。つまり、音韻の持っている意味あいを込めて、筆記者が自由にアドリブを利かせながら、文字使いを余韻として活用していた、と。
これが、ヲシテ時代での本当の言葉の活力だったのではないか。
それが、やがて漢字国字化時代を迎えて、形式化の一途をたどり、
歴史的仮名遣いの成立にゆきついていったのであろう。このように考えると他の仮名遣いでの混乱にも納得ができる。

『和仁估安聡本ホツマツタヱ』

『定本ホツマツタヱ』

9、ヲシテ文献の研究方法-3



伝承時代のヂ
の文字形
(後世に
付加された
濁音表記法)

成立時代のヂ
の文字形
(古くからの
もの)







諸写本
の校異
  →

10、古代日本の真原理

『ホツマツタヱ』の文献名の考察

『ホツマツタヱ』の‘ヱ’が‘エ’であるか、‘ヘ’であるべきか、の考察については、上に見たような事情を考慮する必要がある。つまり、歴史的仮名遣いの成立以前での時代を認識する事。また、ヤマトコトバ本来の音意からくる国語の余韻としての仮名遣い(ヲシテ遣い)の存在についても理解される必要がある。
さらに、ここで実際に原書に残されている用例の数についても、調査の必要性がある。
というのも、写本によって、『ホツマツタヱ』あるいは、『ホツマツタエ』の記されている用例数に大きな違いがあるからだ。


  ホツマツタ  ホツマツタ   ホツマフミ
   和仁估安聡本      4      2      1
   小笠原長弘本     85      2      1
   小笠原長武本      4      2      1
  内閣文庫本(長武)      4      2      1    


  ホツマツタ  ホツマツタ   ホツマフミ
   和仁估安聡本     3     2     1
   小笠原長弘本     3     2     1
   小笠原長武本     3     2     1
  内閣文庫本(長武)     3     2     1    

本文中の用例数  (目次と、各アヤごとの頭記を除く)

ここで和仁估安聡本など4例に対して、小笠原長弘本が85にもの多くある事が解かる。どうしてこんなにも違うのだろうか。
で、実際、漢字渡来以前の時代ではどうだったのか。
小笠原長弘本での文献名の記載が多いのは、目次と、アヤ(章)ごとの頭記にあった。でも、和仁估安聡本には、目次も、アヤ(章)ごとの頭記も記されてはいない。これは、小笠原長武本にも、内閣文庫本(小笠原系長武写本)にもない。結局、文献の成立時はどうだったかと言う事である。他の、ヲシテ文献の『ミカサフミ』にもアヤ(章)No.の記載も無いこともあって、目次も、アヤ(章)ごとの頭記も小笠原長弘本にだけ付加されていった、と見た方が真実に近い、と筆者は推定する。
そこで、目次と、アヤ(章)ごとの頭記を除いた用例数を下に掲げる。
結局、諸写本の校合を重んじるということは、こういうことで、ヲシテ時代の真実に近づこうとする努力にほかならない。

どうだろうか、この調査結果をみて、『ホツマツタヱ』の‘ヱ’は‘ヱ’が絶対であるとする根拠にどれほどの確信が得られるのだろうか。 逆に『ホツマツタヱ』の‘ヱ’は‘エ’であってもおかしくない、との感触も得られるのではないのだろうか。また、他の‘ツタフ’の用例の数の調査を含めて言うと。歴史的仮名遣いにも沿う‘ヘ’としてもおかしくない事実も浮かび上がってくる。
文献名の調査・考察には、こういった全般的な視点からのものも忘れる事が出来ない、と、筆者の考える所である。 なお、『和仁估安聡本ホツマツタヱ』の解説120pに詳細に記述しているので、参照いただきたい。

あと、もうひとつ、考慮してゆく必要のあるのが、ヤ行のエ列の音韻を‘ヱ’と表記してよいかどうか、の問題もある。
というのは、ワ行のエ列の音韻が‘ヱ’と漢字渡来以降に歴史的に用いられてきていたわけで、ヤ行のエ列の音韻は‘エ’であったのである。国語の音図表(48音頭)の骨格から見直しを考え直そうとするわけだから、この基本の問題から問い直してゆく必要があるわけだ。
そもそも、日本語の本来の国字とは、ヲシテであったことになるのだから、ヲシテの復活運動がなされてしかるべきともいえる。
つまり、ヲシテにルビを振る事自体が、そもそも妥協的な作業でしかない。漢字国字化時代以前の国語を考える場合は、あくまでも、ヲシテでなくてはならないはずだからである。 とはいえ、当面のところは、ヲシテにルビを振らざるを得ないのが、現実の所であろう、か。
ちなみに、筆者の使用している原典の手沢本は、ホワイトでルビは消しているので、ルビ遣いについて長らく考慮に留めることが余り無かった。 ヲシテにルビを振るなんて、早く卒業したいと願ってやまない。 私たちの本当の文字は、ヲシテだったのです。

11、『本日本学』事始め-1

12、『本日本学』事始め-2

13、『本日本学』事始め-3

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ヲシテ文献は、日本の将来にとって、とても大切なものであると、私は理解しています。このため少しの妥協も容認しがたく、ややもすれば不寛容の文面に
傾きがちですが、どうぞ、どうかやむなき真意のご理解を願い上げます。
文字の重なりが発生する場合は、プラウザの<表示>のなかの文字設定を ‘中’ または ‘少’ に設定変更をなさって下さりますようお願い致します。
wosi-te と発音するのが正しいようです。 濁音に「デ」と、している写本は、本当に有りません。 wosi は、教えるの意味、 te は手段・やり方などを意味します。
                                                               平成23年(2011)5月19日 更新版.  Copyright .池田 満

本文中の用例数

8、ヲシテ文献の研究の方法
  について、例を掲げて述べます。
  その2

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