ちょっと一言。
-2025年8月11日-
今日は、前回の「お仏壇」と「お位牌」のお話の続きで、「お仏壇」に「御本尊様」を祀る必要性についてお話します。
先ず、「御本尊」というのは、仏教寺院や、お仏壇の中央に祀られている、最高崇拝の信仰対象となる御仏像(掛け軸の場合もあり)です。
お家にある「お仏壇」と「御本尊様」は、もとは寺院の本堂に安置してある御本尊様と、その本堂を、小さくまとめて一般の家庭に持ち込むために作られた、小さなお寺なんです。
本堂であるご仏壇にお祀りする御仏像は、魂入れ(開眼法要)をし、魂を宿らせることで初めて礼拝の対象となる存在になります。
そういった経緯から、お仏壇に、魂入れをした御本尊様(各宗派で最も重要な信仰対象であり、仏の教えを表したもの)をお祀りするという事で、そこが一家の信仰の場(精神の中心となるような場)としての機能を果たし、先祖代々の供養や、日々のお祈りをする際に欠かせない存在と場所になります。
御本尊様は、先祖代々から受け継がれてきた宗派のご本尊がお仏壇に祀られていて、その教えを先祖に教え、見守って下さる存在です。
また、御本尊様は、生きている人間の暮らしも見守ってくださいます。 日々手を合わせる事で、心に安らぎを得る事も出来ます。
御本尊様に手を合わせ、お祈りする事は、全てご先祖たちだけの為ではなく、その祈りの精神が回りまわって自分自身にも返ってくるんです。
お仏壇に祀られている御本尊様は、先祖を楽な世界へ導く役割の他にも、一家の安泰や、発展を願って、見守ってくださっているんです。
先祖代々の繋がりの中、ご先祖やご本尊様に見守られ、今こうして自分達も日々暮らしていけるという、目には見えない繋がりと見守りに、自然と感謝の念が湧いてくる事もあると思います。 そうした気持ちを感じると、それまで少し縮んでいた心も緩み、少し豊かな気持ちになってお祈りを終えられたりしますよ。
私の場合は、お仏壇に向かって日々の暮らしの中で嬉しかった事なども報告しています。
お菓子をお供えするにも、一言 声をかけて供えています。 そうした事も、御本尊様は見てくれていて、私の気持ちを先祖に伝えて下さっています。
最初、思いは一方通行の感じでしたが、何日も何か月もそうしていると、たまに返事のような感覚が返ってくる時がありますよ。
御本尊様は、生きてる人間と、ご先祖との間の繋がりを担う役目もしてくださいます。
そうして時々、ご先祖たちと心の対話をする事が出来ます。
これは、特に私でなくても、ご先祖を思う気持ちと、御本尊様を慕う気持ちがあれば、何度もやってる内に少しずつ出来るようになります。
何か、会話してるような気持ちや、考えてない言葉が返ってきたりする事があれば、それは会話できていると思います。
生きてる家族の気持ちなども、御本尊様は先祖に諭すように伝えてくださいます。
こちらが足りなかった言葉の奥にある気持ちをも、ご先祖に伝えてくださいますし、それを基に、ご先祖たちに心の指導をしてくださいます。
ご先祖それぞれが、自力で成仏の世界へ上がって行く事が難しい場合でも、御本尊様は見守りながら指導を与えてくださいます。
お仏壇で手を合わせていると、亡くなった祖父母や親や兄弟姉妹などと、家族だった頃の様な会話をしている事に気付いたりして、寂しさも薄れてきたりします。
少し話したような気持ちになると、何となく心も落ち着いたりする事もありますし、ご本尊様から気持ちの切り替えや、考え方のヒントのようなものも、心に浮かんできたりします。
それでまた、心が落ち着いて、無理せず生きて行こうと思えるようになって、心に力が湧いてきたりもします。
御本尊様とお仏壇は、亡くなられた方のご供養の為だけではなく、ご供養の気持ちを通じ、残された家族にとっての「心の拠り所」ともなるものです。
もし、お家の仏壇に、御本尊を祀られていない時は、お寺の本堂に御本尊が安置されていない状態であるのと同じなので、本家の宗派を調べて、お仏壇に御本尊をお迎えすると良いと思いますよ。
お仏壇に御本尊が祀られているなら、手を合わせる時に、少しご本尊様に気持ちを向けると良いと思います。 その時点から良い気が流れ出しますので、良い気を受けながら、これまでと少し違った気持ちで、お祈りが出来ると思いますよ(*^-^*)
ご本尊様のお力を受けて、先祖への祈りが、回りまわって自分の未来への祈りのエネルギーに変わってくると思いますよ。
感謝の念が、三世を通して巡るエネルギーを生み出している、そういう感覚を受ける時が来ると良いですね。