<おぎん地蔵>

岩神王子から急な坂を下っていくと、道の右手に地蔵がまつられています。この地蔵には「妙安自楽信女、俗名おぎん」と刻まれいます。この女性は京都の芸者で、道湯川の住人で婚約者の湯川豊之亟をしたってここまで来て、もうすぐ道湯川という所で、二人組の追いはぎに襲われ命まで奪われてしまいました。土地の者がその死を哀れんで、地蔵をたて、おぎん地蔵と呼ぶようになりました