黄 泉 返 り

 
 「しっかしボロいね、ここは。でも、仕方ないか。」
 そう言って、少女は今夜のねぐらを廃寺に決めた。
 壁にもたれ掛かって座り込むと、彼女に付き添っていた狼が横で丸くなった。
 彼女は、その狼を撫でるとそのまま目を閉じた。

 
 ……何刻過ぎたか、傍らで寝ている筈の狼が全身の毛を逆立てて唸っている。
 「シクルゥ、どうし……」
 狼の名を呼び、彼女はそのまま辺りを見回した。辺りに殺気が満ち溢れている。
 彼女は刀を手に取り、その場に立ち上がった。気配の出所を慎重に探る。
 背後、壁のほうに殺気が溢れる。彼女は咄嗟に床を転がり、壁から離れた。
 直後に、彼女がいた場所を奇妙な形の刃が薙ぐ。そして、闇の中にいても
 それと判る影が現れた。まるで、闇をそのまま具現させたような影が……。
 「……俺の、邪魔をする奴はゆるさない。」
 影はそう言うと、何かを飛ばした。それは先程の奇妙な形の刃。
 少女は身を沈めてそれを躱した。刃は空中で旋回し、放たれた場所に戻る。
 「鬼は、俺の獲物だ。誰にも、渡さない。邪魔をする奴は、皆死ね。」
 それを聞いて、少女は眉根を寄せた。
 「鬼?……あんたも鬼を探してるの?」
 少女はそう聞いてから、その顔に笑みを浮かべた。
 「残念ながら、今回はあたしも含めて結構な人数が奴を探してるよ。
  果たしてあんたにその首が取れるかしらね。」
 「邪魔をする奴は、皆殺す。それは……おまえも例外ではない。」
 そう言うと、影は姿を現した……と言うよりも、人の姿を現した。
 その手には、先程の奇妙な形の刃が握られている。
 「じゃあ、今ここで決着を付ける?」
 そう言って、少女は腰の刀に手をかけた。口の端に笑みが浮かぶ。
 しかし、男(影)は何も答えず、床に潜るかのように、沈んでいく。
 少女は足許に殺気を感じ、横に飛ぶ。直後、床に黒い影が浮かび、
 男がその陰から飛び出るようなかたちで、飛び上がった。
 「ギャウンッ!」
 「!?……シクルゥッ!」
 見ると、彼女と一緒に居た狼の額が、明けに染まっていた。
 「今日のところは、これに留めておく。その狼の傷がある限り、
  俺がおまえの居場所を常に把握していることを覚えておけ。」
 そう言って、男はまるで闇に溶けこむように消えていった。
  ……忘れていた。俺の名は破沙羅。首狩り族の怨念だ。覚えておけ……
 最後にはその声だけが辺りに響き渡り、そして、付近に漂っていた殺気は
 完全に消え去った。後には静寂が残るのみ……

 
 「大丈夫?シクルゥ」
 そう言うと、少女は付き添っている狼の頭を撫でた。狼の額には一筋の傷が刻まれている。
 「でも、こりゃ大変そうだわ。あの娘も大丈夫かしらね。もう一人のナコルルも……」
 そう言って、自分と同じ使命を帯びている筈の、鷹を連れた少女のことを思い浮かべる。
 「さ、行くよ、シクルゥッ。」
 そう言って、少女は走り出した。そして狼が、一声吠えてその後を追いかけていった。

 


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