強 き 事

 
 一人の女の子が座り込んで泣いていた。北の方から流れてきたらしいということが、
 着ているものの模様から見て取れる。その女の子は道端の草むらの中で泣いていた。
 傍らには男が一人、その少女を見守っている。また、その周囲には野盗と思われる
 男達が数人、倒れ伏していた。
  「……ひっ、ぅぅ、ひっぅ、えぐ……」
 少女は、まだ泣いている。男はその少女の傍に座り、空を見上げた。陽も西に傾き、
 夕焼けが空を茜色に染めていた。
  「……まだ、落ち着かんか?」
 男は少女に聞いてみる。
  「……ご、ごめん、ひっ、なさい、もうちょっと、だけ……」
 少女の言葉を聞き、男は少女が落ち着くのを静かに待った。
 
  陽は完全に沈み、空を闇が覆っていた。先程の道端からそう遠く離れていないところ、
 少し森に入ったところで彼らは休んでいた。焚き火の炎が爆ぜる。その周囲だけが
 炎に照らされていた。少女が口を開く。
  「……さっきは、ありがとうございます。」
  「いやなに、偶然通りがかっただけだ。放っておくには忍びない状況だったのでな、
   勝手ながら間に入らせてもらった。礼を言われるほどじゃない。」
 男は手を振って答えた。そして、疑問に思ったことを口に出す。
  「……見たところ、嬢ちゃんは北の方から来たんだろう? 何故、こんなところまで
   一人で来たんだ? 女の子の一人旅ができるような時勢じゃないぞ。」
  「姉様を、ナコルル姉様を追いかけてきたんです……」
  「何、ナコルル? あの娘も出てきてるのか?」
 男は少女の言葉に、更に問い掛けた。
  「え……姉様を、知っているの? ……え、と……」
 少女が吃驚した顔で聞き返す。男は頷いた。
  「俺の名は神楽利正。何度か会った事がある。とすると嬢ちゃんの名前はリムルルか?」
  「え? え?」
 リムルルと呼ばれた少女は吃驚した顔で、神楽利正と名乗った男を見る。
  「前に会ったときに聞いたんだ。村に残した嬢ちゃんのことを気に掛けていたが……。
   ……一つ聞くが、お前は何故村から出てきた? ナコルルのことを気に掛けてとか
   そんなんじゃない。何故、出てきた?」
 少女の疑心を解き、そして、恰(あたか)も詰問するかの如く彼女に問うた。そんな彼の
 雰囲気を悟ってか、彼女はびくっと肩を竦める。
  「……悪いことは言わん。今からでも、すぐに村に戻れ。まず、お前ではこの旅は無理だ。
   なめて掛かると……死ぬぞ。いや、死ぬよりも辛い目に遭うかもしれん。
   さっき、俺が通りかからなかったらお前はどうなっていたか、判るか?」
 リムルルはその言葉の意味を考え、そして顔色を変えた。
  「……怖いか? 自分の力量と、周囲の気配、敵の力量を読めなければ話にならん。
   そして戦いでは殆ど常に、勝った方が正義だ。特にさっきの追い剥ぎみたいな連中はな。
   それも読めんようじゃ、この先、こんなことが何度あるかも判らん。もう夜も遅い。
   夜が明けたら、村に戻るんだ。村の所在はナコルルに聞いている。嫌だと言っても、
   引き摺って行くからな。」
 ぴしゃりと言い放つ神楽の言葉に、リムルルはきっと睨むかの如く厳しい視線で反論した。
  「姉様の、ナコルル姉様の力になりたかっただけだよ! 何でそんな酷い言い方するんだよ?
   姉様の力になりたくて、姉様を追いかけるのがどこが悪いんだよ!!」
 彼女の反論の言葉に、今度は説き伏せるように神楽が問い掛ける。
  「何故、お前の姉がお前を村に残したのか、一度でも考えたか?」
  「それは……姉様がまだ私の事を一人前と認めてくれないから……」
 答えたリムルルは、どこか寂しそうだった。神楽は、静かに首を振る。
  「違う。……黙っていてくれと言われたがしょうがない。……もし、おまえが村を出てきたら、
   そのあとに魔の者が攻めてきた時に誰が村を護るんだ?」
  「……!!」
 リムルルの顔が驚愕に震える。
  「ナコルルが魔の元凶を取り除くために旅に出るときに、後を頼めるのがお前しか居ないから
   お前に村の護りを託したんだ。何故その気持ちを解ってやれん?」
  「あ……」
 務めを放り出してきた形になったとリムルルが気づいたとき、彼女の瞳から、再び涙が零れた。
 収まりが効かないかの様に涙がどんどん溢れてくる。神楽は、そんな彼女をそっと抱きしめた。
  「ナコルルはお前のことを認めていない訳じゃないんだ。いや、認めていたからこそ
   村の護りをお前に、リムルルと言う名の巫女に託したんだ。だから村に戻ろう、な。」
 リムルルは泣きつづけた。そんな彼女を優しく抱きしめ、神楽は彼女の涙を受け止めていた。
  ……今は、泣けばいい。自分の間違いに気付いたんだ。夜が明けたら、一回り成長してるだろう。
 そして、夜が明け、彼らは村への帰路に就いた。
 
  彼らが村の近くまで来たとき、怪しげな雰囲気が彼らを出迎えた。
  「……何か、人のものとは違う気配がするな。」
 神楽は静かにそう言った。
  「ま、まさか……魔物が、攻めてきたの?」
 リムルルは自分が村を出たことを後悔していた。その思いが、彼女の声を震わせる。
  「まだ間に合う! 急ごう!」
  「は、はい!」
 神楽はリムルルにそう言い、彼女がそれに応える。彼らは村の方に向かって走り出した。
 村では、もう戦いが始まる寸前だった。リムルルの姿を認めたとき、村人達の顔に安堵の表情が浮かぶ。
 魔物達は剣で斬っただけでは死なない為、リムルルにも備わっている巫女の能力(ちから)が必要だった。
 まだ試したことが無かったが、魔の気配を断つ為、少女はその能力を解放した。
 それにより、魔物達の力の供給が断たれ、無尽蔵に起き上がることは無くなった。
  「皆の者、いくぞ!!」
 村長の号令と共に、村人達、そしてリムルルと共にいた神楽が魔物に挑んだ。
 
  暫くして、戦いは終わった。魔物の恐ろしいところは生命力を闇から供給するところである。
 今回のように巫女の光の能力を使うか、そうでなければ、特殊な方法でなければ倒せない。
  「終わったようだな。」
 魔物の気配が絶えたことを確認し、神楽は言った。そこにリムルルが来る。
  「あ、あの……ありがとうございました。」
 そう言って、ぺこりと頭を下げる。神楽は彼女の頭に手を置いた。
  「いや、全て、お前が居ればこそだ。俺は方向を示したに過ぎん。」
  「でも……あのままじゃ私……自分のしなければならない事も、姉様の気持ちも、
   全部わからないままだった……いくらお礼を言っても、言い足りないよ……」
 彼女は、目の前の男を見上げて言う。目に涙を溜めて今にも泣き出しそうだ。彼はそんな彼女に
 優しく言った。
  「なに、自分で気付けたんだ。それに、お前がナコルルのことを凄く大切に思っている事も、判った。
   ただ、いつも一緒にいなければならないというものでもない。離れて、幾つもの事を為さねばならない
   ときもある。それを判ってやる事だ。何が必要で、自分はどうすればいいのか、考える力を養っておけ。
   そして、戦うことだけが強さではないと言うことも覚えておくといい。今のお前が持っていない、
   姉の強さを感じ取れるように精進するんだ。」
 彼の言葉に、リムルルは大きく頷いた。
  「うんっ!! 考えて、今はどうすれば皆を護れるか。帰って来た姉様を皆で迎えられる
   ように頑張るよ! そして、もっともっと姉様の力になれるように頑張るから!」
  「では、俺は行くから。頑張れよ。」
 神楽はそう言って、リムルルに手を振った。
  「うん! ありがとー。姉様に会ったらリムルルは頑張ってるって言っておいてねー!」
 背を向けて歩き出す神楽に、リムルルは元気に手を振った。  

 


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