背 伸 び

 
 少女は森の中を走っていた。
 彼女の心の中は彼女が慕う者の事でいっぱいになっていた。
 「はあ、はあ、今度こそ、私も姉さまの力に……」
 その純粋な瞳には、自分の姉と、今回倒さねばならぬ邪悪しか映してはいなかった。
 彼女は無心に走る。そこに、上から影が降って来た。
 彼女はびっくりして、その場に立ち止まった。
 「何!?」
 彼女は、自分の目の前に降りてきたものを見て、目を見開いた。
 それは、漂う雰囲気こそ違うものの、彼女のよく知る顔だった。
 「……ね、姉さま……? ううん、誰、あなたは?」
 言われた少女は笑った。
 「あたしは、ナコルル。あんたの姉さまと同じよ。リムルル。」
 「え……?」
 自分の名前を知っている、自分の姉と同じ名前の少女。
 ただ、少し目元がきつい感じがする。
 「うそ……」
 「ううん、嘘じゃないわ。ただどちらかというと、あたしはあの娘の影と言った方が正しいかしら?」
 影……。そんな噂を聞いた事が有る。能力(ちから)の大きな物は、その身と同じ能力を持つ影を
 生みだす事が有るって……。だけどまさか、本当の事だったなんて……。
 リムルルは動揺を隠して聞いてみた。
 「その、姉さまの影だっていうあなたが、私に何の用なの?」
 それを聞いて、目の前の少女はかすかに笑った気がした。
 「あなたがコタンに帰るように説得に来たんだけどね。」
 リムルルは、カッとなって言い返した。
 「何でっ!? 私だって修行したし、力になってくれる精霊もいるよ! 今度こそ、姉さまの力に……」
 「ふん、その時点で甘いわね。他力本願は本当の力にはなんないわよ?」
 「何でそんな事言うのさ! 前の、前のときは確かにまだまだ未熟だったけど、
  最近は姉さまから一本取れるようになったんだっ!未熟だなんて言わせないよ!」
 彼女のその様子を見て、目の前の少女はため息をついた。そして一言、
 「じゃあ、あたしで試してみる? あんたの言うその力。」
 「のぞむところだよっ!」
 
 ……暫くして。
 「どう? 解ったかしら、あんたの力ってもんがどれほどのものか。」
 殆ど勝負にならなかった。彼女の繰り出す技はことごとく躱され、相手の攻撃は面白いように当る。
 そしていま、その相手は自分の上に馬乗りになっていた。
 「な…… なんで、わ、私の今迄の修行って、何だったの……?」
 悔しい。彼女の心の中はその感情でいっぱいだった。涙が止まらずに溢れてくる。
 「模擬戦ってもんはね、上の者は下の者に力を合わせて戦うのよ。
  あたしがこれだけの力なんだから、あんたの姉さまもこのぐらいは出来るわよ。
  ただ、あたしよりも相手に情けを掛け過ぎるだけ。」
 彼女は、自分の上に乗っている少女を睨み付けた。
 「……だから。」
 「何? 何か言った?」
 リムルルは叫んだ。
 「諦めないんだから! 今はこんなでも、絶対、絶対強くなって、姉さまの力になるんだっ!」
 それを見て、彼女の上に乗っている少女、ナコルルは小さく笑った。
 「それだけ負けん気が強ければ大丈夫ね。だけど、今回は諦めなさい。
  今のあんたの力じゃ、突っ走っても死ぬだけよ。せいぜい、腰を抜かしている所にとどめ、
  が関の山ね。もっと精進なさい。まだまだ他にやる事はいっぱいあるんじゃない?」
 それだけ言って彼女はリムルルの上から離れた。
 「早くコタンに帰る事ね。でないと、本当に死ぬよ。」
 そう言うと、彼女は立ち去った。その背中を、手を握り締めて見ていたリムルルは、
 「もっと、強くなるんだ……。強くなって、姉さまの力に……。」
 そう言って走り出した。コタンとは反対の方向へ……。

 


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