何 が 為

 
 「これでとどめよ!」
 男の上に馬乗りになった少女が、逆手に持った刀を振り上げる。
 次の瞬間には、その白い光が男の胸元に消えていた。
 少女は、追い討ちとばかりに刀を捻って抜いた。同時に、穿ったその穴から
 その男の生命の証が溢れ出す。まるで動力の切れた人形のように、男は動かなくなった。
 男の鼓動が止まったのを確認してから、少女は立ち上がり、刀に付いた血糊を落とした。
 そして、少女は今迄戦っていたその男を見下ろした。
 「……自然の痛みを知りなさい。」
 少女は振り返ると、その場から歩き出した。二間も歩かないうちに歩みを止める。
 正面に現れた、白地に赤い模様の服の少女の方を見る。
 「……見てたのね。どうしたのかしら? こんな所で。」
 やや灰色掛かった白地に黒い模様の服の少女は僅かに笑って見せる。
 「何故、殺したのですか? しかも、全員。」
 「言うと思ったよ。」
 黒の少女の後ろには、先程彼女と戦っていた幾人もの相手が朱の野を築いている。
 少女は如何にも面倒臭そうに溜息を吐いた。
 「こいつらを殺した理由を言ってほしければ、適当に並べるよ? あたしを見るなり斬り掛かってきた。
  年端もいかない少女を弄んだ。森を焼いた。それも含めて、命を弄んだ。まだ何かあったかしら?」
 少女は考える仕草をする。赤い少女は堪らず声を上げた。
 「でも、殺す必要があったのですか!?」
 「で、あんたはそのままこいつらに凌辱されるに任せるのかい?」
 「な……」
 赤い少女は絶句する。黒の少女は構わず口を動かす。
 「この男達はね、以前はもっと人数が多かったわ。今はこれだけだけどね。」
 顎で男の方を指し示す。その隅では、男に辱めを受けたのであろう少女が、その後に起こった光景に
 体を震わせていた。その顔は恐怖に引き攣っている。
 「少なくなった分は、前にあたしが殺してるのよ。」
 「何故、ですか……?」
 赤の少女は、信じられないような顔で、やっとその言葉を紡ぎ出した。黒の少女は更に溜息を吐く。
 「その娘はね、今こいつらに辱めを受けていた。そんな所に赤の他人が声を掛ければ、
  そりゃ皆こっち向くわよね。で、あたしの顔を覚えてた奴がいきなり、『仲間の仇だ』って。
  笑っちゃうわよ。命を平気で踏み躙り、殺す奴等がよ? いきなり仇だって吠えるのよ。
  虫酸が走ったわよ。前のときから全然変わってなかったわ。あたしが前に言った事も……
  綺麗さっぱり忘れちゃって……。」
 黒の少女は口の片端をつり上げ、肩をすくめた。
 「だけどね、あたしは警告したわよ。それを無視して、また性懲りも無く斬り掛かってくるような奴
  なんか、面倒見切れないわよ。何で、こんな頭の悪いのがのさばってるのかしらね?」
 彼女は、如何にも呆れたという風に溜息を吐いた。そして、後ろを振り返り、
 「ほら、あんたもさっさと逃げないと、また襲われるよ?」
 いきなり声を掛けられた少女は、体をびくっと震わせて怯えた目で黒の少女を見る。
 黒の少女は座り込んでいる少女の着ていた物を拾い上げると、それを彼女の所に持って行った。
 「ほら、早く服を着なさい。怖かったとか、何でこんな目にっていうあんたの気持ちは
  解らない事も無いけどね、そのまんまじゃあんた、風邪ひくよ?」
 少女は、怯えた目で暫く彼女を見ていたが、弾かれたようにその着物を引っ掴むと、
 着もせずにその場から走り去って行った。
 「……」
 赤の少女は、走り去っていく少女を見ている黒の少女を見た。傍目に見て表情が沈んでいる様に見える。
 黒の少女は、赤の少女の方に向き直った。
 「……歓迎されないのは判ってるわよ。でもね、誰かがやらなきゃ……あんたがやらないのなら
  あたしがやらなきゃ、こんな事誰がするのよ? あたしたちは元々一人の人間だった。
  それが、力が強すぎたのか、それとも何かの影響か、二人に別れた。」
 「でも、あなたのやってる事は……」
 「そんな事は判ってる! 自然を護る、生命を護る、そんな奇麗事で、自分に殻を付けている事も……。
  だけど、あたしにはこの道しかないのよ……。あたしは元々、あんたの影の部分が分れた者だからね。」
 「そんな……そんな事無いでしょう? あなたも私も、一緒の筈よ?」
 「そう思ってるあんたは、幸せだね……。あたしたちが二人に分れた時の事、思い出してみなよ?」
 「……!」
 赤の少女はそれを思い出して、絶句した。
 「そうよ。同じナコルルなのに、あんたは歓迎され、あたしは……」
 そう、彼女が二人に分れたとき、村の人々は赤の少女を選んだのだった。黒の少女はそれを受けて、
 逃げるように村を出、それからというものは、赤の少女の前に時折姿を現すのみとなっていた。
 その、唯一つの出来事が、彼女たち二人の進む道を別々のものへと分けてしまったのである。
 黒の少女は寂しそうな笑みを浮かべると、背中を向けた。
 「あたしは、あたしの護るものの為に剣を振るう。そして、喩えあんたでも……敵にまわれば、斬る。
  あんたも、あたしも、同じ刀を持ってるんだ。あんたも、刀を持つという意味を少し考えてみな。」
 そう言って、黒の少女は森の中に消えて行った。赤の少女は自分の腰に付けている刀を手にとった。
 「……今のままじゃ、あなたは誤解されるばかりですよ? このままでは、私はあなたを……」
 佇む少女は目を伏せる。彼女の足許に一粒、水滴が落ちた。

 


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