お く り も の

 
  ……森は森に、水は水に、月は月に、星は星に……
 少女は、歌を口ずさんでいた。村を一望の下に見渡せる山の頂で。
 だが、少女の瞳は村を見ていなかった。遠く広がる、永遠に続く蒼い空を、
 ただ、じっと見つめていた。
  少女がここに来て、もう一刻ほどになる。南の空に輝いていた太陽は
 西の方にやや傾き、少女の影もだんだんと長くなってきた。
  ……何かを護るとき、人は願え……
 もう、何周目だろうか、そこからの節を唄うとき、少女の瞳は揺れる。
  「おーい、ミカトぉ。」
 そこに少年が、少女の名前を呼びながら現れた。少女は暫く空を見つめたまま
 だったが、やがて、少年の方に振り返る。
  「……ホクテ……」
  「やっぱりここだったか。」
 走ってきた少年はあんまり息を切らせた様子も無く、少女の隣で、眼下に見える
 自分達が住んでる村を見下ろした。
  「知恵婆様たちが呼んでたぞ。聞きたい事があるって。」
 それを聞いて、ミカトはきょとんとした。
  「……何かしら?」
  「さぁな。妙な用事で呼びつける事もあるし、行ってみないと分からないん
   じゃないか? それよりも、やっぱりあの事を考えてたのか?」
 ホクテの問いに、ミカトは一度空を見上げたあと、頷いた。
  「うん。」
  「……あれから十年か。早いよな。」
  「……うん。」
 ホクテの言葉に、ミカトは頷く。
  「お前が血塗れになって、ヤンタムゥを担いで、チチウシを持って帰って来た
   ときは、もう酷かったもんな。マナリも、リムルルも、泣きじゃくってさ。
   なんか村じゅう、もうこの世の終わりだってような雰囲気が溢れてて……」
  「……うん。」
 ミカトは、虚ろな返事を返すだけ。
  「……その様子じゃ、まだ引き摺ってるみたいだな。お前が時々見せる表情に
   渇いたような感じを受ける事があるんだ。何度も言うけどさ、幸せになるんじゃ
   なかったのか?」
  「うん。そのつもりだよ。と言うか、もう、幸せにはなれてると思う。
   それに、引き摺ってる訳じゃないよ。村の皆やリムルル、マナリ、
   それにホクテだって居るし……ただ……」
  「……ただ?」
 ミカトの答えにホクテが先を促す。
  「今になっても思うの。……義母様にも、今の私を見てもらいたかったって、
   そんな風に考えちゃうとね……」
  「……見てるさ、きっと。この風に乗って、今もカムイコタンに、ミカトの
   傍にやってきてるよ。ヤンタムゥと一緒にな。」
 ホクテはそう言ってミカトの肩を叩いた。
  「うん。……あと、最近思うんだけどね、もしかしたら義母様は、あの節を
   知ってたんじゃないかって。知らなくても、薄々は気付いていたんじゃないかって。
   でも、義母様は自分よりも周りの人の幸せを願う人だったから……自分を犠牲にしても
   皆はって……」
  「……そうだな。」
 静かに言ったミカトに、これまた静かに返すホクテ。しかし、次の瞬間には
 ホクテがミカトの背中を叩いて言った。
  「ま、要はお前が幸せかどうかだろ。そんな顔してたらナコルルも悲しむって。
   もっと笑ってろよ。」
  「いたた、痛いって、ホクテ! ……でも、そうだよね。義母様がくれた、
   一番の贈り物だもん、大事にしなきゃ、だね。」
 ミカトはそう言って微笑む。
  「そうそう。じゃ、知恵婆様たちの所に行こうぜ。またどやされるぞ。」
  「うん。」
 そう言って振り向くホクテにミカトはそう頷き、彼の後について歩く。
 そして暫く歩いた後、山の頂を振返って空を眺めて呟いた。
  「……ナコルル義母様、ミカトは今、幸せです。」
 そう言ってにっこり微笑み、ホクテのあとについて降りていった。

 


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