侠 客
「なんか湿気た面してるな。」
目の前の男がいきなり声を掛けて来た。少女は男を見上げた。
「何か、御用でしょうか……?」
白いぼろぼろの胴着に、鞘に入った大刀を担いでいる男は自分を見下ろしている。
「その着物、陸奥より北の民のものだろ?」
「ええ、そうですが……?」
少女は訝しげに男を見ている。男はお構いなしに、
「そっちに結構強え奴がいるって聞いたんでな。あんたみたいな格好してるって聞いた。」
少女は一瞬眉根を寄せて目の前の男を睨んだ。
「そうですか。でも、この着物は私達アイヌでは普通の着物ですが……。」
「だが、その腰の得物は皆持ってるのかい?」
そう言って男は少女の腰を指差した。少女は腰の刀に目をやる。
「では、あなたの持ってるその刀は何なのですか?」
おとこは刀を持って、さっぱりとした感じで笑った。
「ははは。まあ、俺は強い奴と仕合えればそれでいいからな。で、これを持ってうろついてる。」
そう言って、男は刀を抜いた。その切っ先を少女に向ける。
「俺と仕合わねえか?俺の中じゃあ、あんたは強え、て感触を受けてる。」
「何かの勘違いじゃありませんか?刀こそ持っていますけど、あなたの望むような強さは
持ち合わせていないと思いますよ……。」
「じゃあ、何故陸奥から出てきた?偏見とはいえ、ただでさえこっちの奴等は
そっちを目の敵にしている。しかもあんたは女だ。それに一人ときてる。
それじゃあ、襲って下さいと言ってるようなもんだ。そんな中、無事には済むまい。
そんな中無事に生き延びてこんな所を歩いている事が、あんたが強いって事の証にならないか?」
そう言って男はにやっと笑った。少女はため息を一つ。
「……どうやら、どうしても仕合いたいみたいですね。判りました……と言いたい所ですが、
今はまだ駄目です。私の中で、まだ纏まらない所がありますので。」
そう言って、少女はぺこり、とお辞儀した。男は残念そうな顔をしていたが、
「しゃぁねえな。取り敢えず、名前だけでも聞いとこうか。俺は覇王丸ってんだ。」
「私はナコルルと言います。」
互いに名乗った二人は互いの顔を見て微笑んだ。
「今度会ったら、頼むぜ。」
「期待に添えればいいですけどね。」
そう言って二人は別れた。天草が起こす事件の少し前の出来事である。