半 人 前

 
  ……お前を、まだ戦いに出す事は出来ん。出ても無駄に死ぬだけだ……
 少年は、父に言われたこの言葉の意味を考えていた。ただ、力が足りないのだろうか……
 確かに以前に一度、身体を魔に乗っ取られた事はあった。あの時に力が足りない事は解っている。
 しかし、あの時からは見違えるほどに忍びとしての能力は上がっている筈だった。
 それでも、少年の父は少年にそう繰り返すのだった。
 少年は父の後を追い、里を出た。ただ、父の助けになりたかった。
 ただ、父の傍に居たかった。その思いで里を出た。
  もう何日目か、里を出てそれなりの刻が過ぎた。まだ、尊敬する父には追い付かない。
 しかも囲まれた。魔の者達に。周りに助けとなる者は居ない。一人で切抜けなければならなかった。
 ……こんな所で死ぬわけにはいかない。父上に認めてもらうまでは!!
 少年は魔の者達に挑みかかった。最初こそ技の切れなどは少年の方が上であり、
 少年の有利に戦いが進んだ。だが時間が経つにつれ、純然たる数の差が現れ、
 少年は追い詰められていった。ここまでか……少年がそう思ったとき、新たな影が現れ、
 魔の者達の包囲網を突破し、少年の傍に来た。少女であった。
 「き、君は……?」
 「今は喋ってるときじゃないでしょ。早くここから逃げなきゃ。」
 少年の問いに、少女は目だけを少年に向けて答えた。
 「そ、そうだね。」
 二人は、魔の者の包囲の薄い所から突破して逃げ出した。
 
  暫く経って、先程の所からかなり離れた所で、二人は休息を取っていた。
 少年は、少女の方を見て、頭を下げた。
 「あ、ありがとう。あのままじゃ、多分僕は死んでいたと思う。」
 少女は少年を見て、口を開いた。
 「もしかして、あれだけの数を全部相手にしようとしてたの? 無理だよ、いくらなんでも。
  そういう時は逃げなくちゃ。生きていたら、何とかなるんだ……」
 少女は少し俯いてそう言った。少年ははっとして聞いてみた。
 「あ、あの、僕の名前は真蔵。服部真蔵って言うんだけど、君の名前は?」
 「リムルル。……服部って言ったよね。半蔵さんとは何か関係あるの? 見たところ、忍びみたいだし。」
 「あ、それは僕の父です。でも、なんで僕の父を知っているの?」
 少年は、少女に問われた事に疑問を示した。
 「姉さまが、前にお世話になったって言ってたから……その時に、半蔵さんは息子のからだを取り戻す為に
  魔を追っているって言ってたから、もしかして、その息子って貴方なの?」
 少年は、少女に逆に聞き返され、俯きながら答えた。
 「情けない話だけど、そうだよ……。」
 「じゃあ、貴方はなんで戦うの? もう捕まりたくないから?」
 少年は、問われてはっとした。確かに、捕まりたくないというのはあった。
 だが、それ以外に戦う理由を探してみても、出てこなかった。
 「……確かに捕まりたくなかったし、それに、強くなって父上に認めてもらいたかった。」
 「ふぅん、皆一緒なのかな。」
 ぶっきらぼうな感じの少女は、始終視線を彼方に向けていた。少年は、問われた事を少女に問い返してみた。
 「じゃあ、君は何故戦うの?」
 「わたしは……」
 問い返された少女は口篭もり、俯いた。そして暫く沈黙が続き、再び口を開く。
 「わたしは、これでも姉さまと同じ巫女の、端くれなんだ。今はまだ修行中の身だけどね。
  わたしは、今までは姉さまに護ってもらってばっかりだったけど、もうそんなのは嫌。
  姉さまにはまだまだ早いって言われてばっかりだけど、わたしだって戦える。
  姉さまは、確かに巫女としても戦士としても、わたしなんかは足許にも及ばないぐらいに凄いけど、
  それでも姉さまは時々辛そうな、淋しそうな顔をするの。わたしが、大丈夫? て聞いても、
  決まって、リムルルが心配する事はないの、て答える。でも、姉さまの辛そうな顔を見るのはもう嫌なの。
  わたしで出来る事なら、せめてそれだけでも、姉さまの代わりに背負いたい……
  一人より二人って言うでしょ? 一人じゃ辛くても、二人いれば頑張って行ける。
  いつも姉さまの背中を見て思ってた。いつも大きく見える背中が、時々凄く小さく見えるときがあったの。
  多分、その時は辛いときだったんだと思う。最近になって、やっと気付いて……何で、今まで……」
 最後の方はもう涙声になっていた。少女は俯いたまま顔を上げない。
 少年は少女の言葉に衝撃を受けていた。歳は変わらない筈なのに、
 しっかりと自分の進むべき道を捕らえている。それに較べて自分はどうか。
 ただ父親に認めてもらいたくて、見掛けだけの強さばっかりを追いかけていただけではないか。
 そう思うと、途端に少年は恥ずかしくなってきた。……こんなに頑張っている人もいるんだ。
 自分も……もっと、強くならないと……。やっと、父上の言葉の意味が解ったような気がする。
 そう思い、少年は立ち上がった。少女は少年を見上げる。少年は少女に手を差し出し、口を開いた。
 「暫く一緒に行かないか? 僕も父上を追いかけているんだ。鬼が世間を騒がしていると言ってた。
  ……多分、君の姉さまって人も鬼を追っているんじゃないのかな?」
 少女は少年の顔を見た。少年の顔は先程とは違い、目は輝きに満ちていた。
 「うん、わかった。貴方、さっきより良い顔をしてる。やっぱり、一人より二人だよ。」
 少女は少年の手を取って立ち上がった。その顔からは、先ほどとは打って変わって満面の笑みが溢れていた。
 少年は思った。
  ……なんか、一方的に助けられた気分だな……でも、この娘の笑顔も見れたし、
  ちょっとは役に立ったのかな……?
 「やっぱり、むっとしてるより笑ってる方が、ずっと可愛いよ。」
 少年が言うと、少女の顔が耳まで赤くなった。
 「な……な、何言ってんのよっ! ばかっ!」
 少女は照れ隠しの為か、少年に悪態をついて見せた。少年は、ごめんごめん、と少女を宥める。
 「……もうっ!」
 少女は未だにぶうたれたままである。
  それぞれの憧れ尊敬する者を追いかける二人が出会い、共に旅をしようと決めた。
 共に半人前ではあるが、もう、心は一人前であった。

 


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