|
06年7月から日常に見聞きしたことを、楽しみながら雑文に綴ってきましたが、しばらく休むことにいたしました。
前回更新の際に起きたトラブルを調べたところ、ホームページの容量がいっぱいになっていたことがわかりました。これをきっかけに全面改造などいろいろ考えましたが、3年にもなると、内容もマンネリになってしまっていたことにも気付き、ひとまず中断することにしました。
このホームページ「熊野からの手紙」は筆者なりの熊野への思いを書き記した道程でもあり、そのまま残すことにしました。つたない写真と文による短い手紙を読んでいただいたことに、改めて感謝いたします。
筆者としては少し早めの夏休みをいただいたという気持ちです。仕切りなおしをするいいチャンスととらえ、心身ともにリフレッシュした後、新たな気分で再スタートし、「愛しの熊野」を書き続けていきたいと思っています。
新宮市木ノ川にできた「スイレンとメダカの学校」の池でピンク色のスイレンの花が初めて咲き始め、通りかかった人たちを楽しませています。
会社役員が昨夏、田園風景に潤いを持たせたいと休耕田を借り受けて池をつくり、谷の水をひいてスイレン約30株を植え、日本の在来種の300匹の黒メダカを放流しました。看板には「当地の純粋メダカです。赤や青や白メダカは絶対に放さないでください」と書かれています。
スイレンは8月ごろまで順次咲いていくほか、メダカも増えており、アメンボ、オタマジャクシ、イモリなども住みついているのがよく観察できます。今後、ホタルも放流し、生き物が生存しやすい環境を守って、見に来てくれた人が癒されるようにしたいと張り切っています。
(2009.6.15)
那智勝浦町の宇久井半島の畑でベニバナの花が咲いています。環境省・宇久井ビジターセンターで年10回開いている草花染め体験のスタッフが種から育てました。茎の先につけた黄色の筒状花が集まったアザミに似た花は、やがて赤くなり、2色が競い合っています。
原産地はエジプト、西アジア、地中海などといわれ、はっきりしません。日本には4〜5世紀ごろシルクロードを経て渡来。6世紀の藤ノ木古墳(奈良)から花粉が発見されています。別名・末摘花と呼ばれ、「源氏物語」に末摘花の巻があるほか、「万葉集」「古今集」に多くの歌が詠まれ、古くから親しまれてきました。江戸時代には、口紅や赤の染料にするため各地で栽培され、特産地だった山形県では現在、県の花です。
鮮やかで、華やかな花で、熊野の青い空、海に似合いそうです。
(2009.6.13)
新宮市・神倉神社の急な石段(写真)を、火のついた松明を手にした「上り子」(祈願者)が勇壮に駆け下りる火祭り「お灯まつり」を題材にした、直木賞作家・山本一力さんの小説「お燈まつり」が話題になっています。
「オール読物」5月号に発表した27nの作品で、挿絵の1枚に「那智の火祭」の絵が使われ、新聞記事にもなりました。雑誌編集部がイラストレーターに渡した資料が間違っていたようです。
文化4(1807)年、江戸から来た傘職人が上り子として祭りに参加する時代小説。祭りの日を旧暦にあわせ毎年1月6日(現在は2月6日)と書いているものの、明治初めの神仏分離までの祭りは修験の行者が仕切っていて、今と形が異なっているのに、現行の祭りをそのまま表現していて考証が十分でない、振る舞い酒の地酒太平洋はこの時代になかった…。などの意見も聞かれます。
挿絵ミスは論外としても、研究論文ではなく小説なので、多少の辻褄の合わないことがあってもやむを得ないことで、むしろ1400年の伝統の火祭りを自ら体験し、書いてくれた人気作家の心意気に感謝したいです。
(2009.6.11)
新宮市の国指定史跡・新宮城跡の石垣が周辺の木々にさえぎられて見ることができませんでしたが、市教委が今春から整備して、市街地などから見られるようになりました。
新宮城は1633年に完成。10代続いた水野家の居城です。本丸などのほか、江戸や上方に積み出した備長炭の炭納屋約20棟があった軍事・エネルギー基地の水ノ手郭(くるわ)などを備えた壮大な遺構が残っていて、立派な石垣から江戸時代の往時をしのぶことができます。
石垣を覆っていたのはいずれも竹や雑木で、竹林を残しながら伐採。写真はいずれも近くの道路から見た「鐘ノ丸」の石垣です。熊野川寄りの雑木も伐採し、対岸の三重県側からも石垣を見ることができるようになりました。
遺構全体からすればほんの一部ですが、町を散策しながら、城下町の雰囲気を楽しめます。
(2009.6.9)
日本野鳥の会和歌山県支部の探鳥会が7日、新宮市の孔島(くしま)であり、ササゴイ、クロサギ、アオサギなど約15種類の野鳥が望遠鏡などで観察できました(写真)。
孔島はかつて海上に浮かぶ無人島でしたが、今は陸続き。東南アジアからやってくる夏鳥のウチヤマセンニュウの繁殖地としても知られ、この日は繁殖状況の調査も兼ねていました。同支部によると、10数年前には7つがいの繁殖が確認されていますが、近年は激減し、ここ数年はわずか2つがい。
調査は子育てする親鳥を驚かせないため、巣には近づかず、縄張り宣言をするオスのさえずりに耳を澄ませ、数人のメンバーが何度も確認しながら、個体を数えていました。その結果、7〜8つがいが営巣していることがわかり、会員たちは「個体数が戻ってきているようで、ほっとしました」と喜んでいました。地元の人たちの繁殖しやすい環境づくりの成果かも知れません。
環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種TB類の鳥で、5月ごろ飛来し、繁殖後、9月ごろ親子揃って南方に帰っていきます。
(2009.6.7)
新宮市の海岸でテリハノイバラの花が咲いています。直径約3aの5弁の花。純白色の花びらとたくさんの雄しべの淡い黄色のとりあわせがなんとも優雅で、海辺の貴婦人といった感じです。
本州から九州にかけて自生し、野バラと呼ばれていますが、仲間のノイバラのように茎は直立せず、地面にはって広がるつる性で、花の大きさも約2倍。葉も表面に光沢があって、「照葉」が名の由来です。
日本の代表的なバラの原種の1つで、園芸の台木にされている重要な交配親なのだそうです。
(2009.6.5)
新宮市高田の県道わきにある風穴(ふうけつ=写真左)に、風神や岩石をあしらったユニークなデザインの看板(写真右)が立てられました。よく目立つため、車を止めて、穴から出ているひんやりとした微風を体感している人が増えているようです。
この風穴は富士山麓にある熔岩トンネルの風穴とは異なり、岩盤が崩落して、砕けた大小の岩塊が積み重なってできた穴。この背後の上部には落差20bの高滝(たかだき)があり、滝の水の落下によってできた涼しい風を、岩のすき間を伝わって運んでいるようで、天然の冷気はとてもさわやかに感じます。
季節の変わり目などには穴から霧が吹き出すことがあり、
地元では霧穴(きりのあな)とも呼ばれています。
(2009.6.3)
熊野地方の野山などでドクダミの花が満開です。
どこにでも生えていて、子供のころから見慣れた野草で、これまで白い4弁の花とばかり思っていましたが、間違ったまま思い込んでいたことに図鑑を見て気付きました。
花びらのように見えているのは花弁ではなく、葉が変化した「総包(そうほう)」と呼ばれるもので、昆虫を誘い込む役目なのだそうです。実際の花は中央に突き出した花穂に多数ついていて、ごく小さく、雌しべと雄しべだけで花弁がない「裸花」であることも知りました。
ゲンノショウコ、センブリとともに知られた代表的な民間薬の多年草。薬草に詳しい知人から花の時期に全草を採取して、乾燥させておくと重宝だとすすめられましたが、試したことはありません。
(2009.6.1)
熊野路を4日間かけて自転車で走り抜ける国際ロードレースの「第11回ツール・ド・熊野」が28日、新宮市で開幕しました。台湾、香港、モンゴル、イランなど海外や国内の21チームの有力選手が参加し、高低差400bの山岳地帯など約375`の公道を舞台に繰り広げる自転車競技です。
初日は新宮市の中央通り750bでのタイムトライアルで、
新宮商議所前を30秒間隔でスタート(写真)。この日は紀伊半島南岸に低気圧が停滞し、雨と強い風に見舞われる悪天候でしたが、道路沿いの市民たちは時速60`ぐらいで疾走する自転車のスピードに驚きながら、「がんばれ!」と声をかけていました。
熊野の活性化策として地元の企業が創設し、
昨年、国際自転車競技連合の公認レースとなり、今年から会期を1日増やしました。
(2009.5.30)
那智勝浦町高津気でキウイフルーツの花が咲いています。中国原産でニュージーランドで品種改良されて有名になった果物。花は直径4a前後の白い5弁、雌雄異株で雌株の花(写真右)には中央に白い雌しべがあり、その下に雄しべがあるものの受精能力が乏しく、実らせるには雄株の花(写真左)の雄しべの花粉が必要なのだそうです。雌雄の株の花の時期が少しずれたりして、デリケートな作物のようです。
山里の高津気地区では最近、数10匹のサルの群れが出没し、カキ、ビワなどの果実やキュウリ、ナスなどの農作物を根こそぎ食べられる被害が続いていて、農家の人たちは「サルは人の食べるものは米を含めてほとんどのものを食べます。育てても収穫前にやられてしまう」と腹立たしそうでした。ただ、なぜかキウイや梅の実には手を出さないようです。
(2009.5.28)
新宮市立佐藤春夫記念館が開館20周年記念のオリジナルレターセット(便せん1冊と封筒5枚)を作りました。
便せんは大正15年に出された春夫詩集の箱のデザインを表紙に、本文の罫線を用紙と封筒に、それぞれとり入れました。
A5サイズの25枚つづりで、1枚目に春夫の詩「夕づつを見て」を印刷。20数文字の短い詩を参考にして、詩集を綴るように、手紙を書いてみませんか、と呼びかけています。1セット500円(税込み)。
記念館(0735-21-1755)は東京にあった春夫の自宅を故郷・新宮市の熊野速玉大社境内に移築復元して、1989年開館。
(2009.5.26)
那智勝浦町の山でエゴノキの花が咲いていました。
枝からいくつもの長い花柄を出し、その先に白い5弁の花を下向きにいっぱいつけた清そな花です(写真左)。花は短命のようで、近くの木は細い白い雌しべを残して、落花(写真右)。地面には花びらと雄しべがついたまま抜け落ちていて、あたり一面真っ白でした。
全国の雑木林などに自生する落葉樹。果実がえごい(えぐいと同じ)味というのが名の由来のようで、かつては含んでいる有毒成分を利用し、青い実をつぶして川に流し、麻痺して浮いた魚を取ったそうです。
(2009.5.24)
手紙(525)の続きです。流れる落ちる滝の裏側に行くことのできる滝に案内してもらいました。三重県御浜町神木(こうのぎ)の不動の滝。
険しい山の沢に沿った道を約30分登ると、大きな岩の裂け目に。その奥は高さ20bほどの岩に囲まれた天井のない洞窟のようで、正面に滝が2段に流れていました(写真右)。
1段目の裏側に空間があり、そこから登ってきた方を見たのが左の写真です。岩場に滝の水が激しく落下していましたが、見た目より水量が少ないようで、裂け目や木々がはっきり見えて、不思議な感じです。水量の多い梅雨の最中に見たい気もしましたが、ここまでのかなりきつい道を思うと、やはり無理です。
滝の裏に石の不動尊が祀られ、いまも信仰されている滝であることがうかがえました。
(2009.5.22)
新宮市の森でズイナの花が咲きだしました。枝先に多数の白い花を穂状につけ、ブラシのような花姿(写真右)。約3_の5弁の花は雄しべをつきだしていて、かわいい(写真左)。
近畿南部と四国、九州の暖地に自生する日本特産のユキノシタ科の落葉低木。ヨメナ(キク科)と同じように若葉を食用にされ、別名はヨメナノキ。分布域が狭いためか、図鑑にはあまり紹介されていませんが、愛媛、宮崎県では絶滅危惧種。
よく似た花をつけるコバノズイナは、北米原産で明治初期に渡来し、観賞用の庭木として親しまれているようです。
(2009.5.20)
新宮市出身のウオーキングドクター、デューク更家さんのウオークイベントが16日、那智勝浦町の那智の浜でありました。県内屈指の大きさ(全長800b)を誇り、景観や透明度も抜群の海水浴場の魅力を知ってもらうために、町が世界遺産登録5周年を記念してモナコ、東京、大阪に自宅を持ち、国内外で活躍する売れっ子のデュークさんを招いて開きました。
デュークさんは手足など体全体が健康、美容に深くかかわっていることをユーモアあふれた話術で語りかけ、「ウォークは楽しんでやるもので、つらいと思うときはやめるなど、無理しないことです」と話していました。
健康ウオーキング、健康回復の方法、正しい歩き方などを実技をまじえて指導した後、参加した約200人とともに浜辺を歩きました。
(2009.5.18)
熊野の山々に詳しいSさんに案内していただき、三重県熊野市の県指定天然記念物・名勝「大丹倉(おおにぐら)」を初めて見ることができました。
高さ300b、幅500bの巨大な岩崖が、名のいわれになった赤い岩の頭部を出し、深い緑の中にそそり立ち、数10bもの滝も見えています(上の写真・右)。
この岩の上からの眺めは壮大で、いくつもの山がはるかかなたまで連なり、直下では渓流・赤倉川がきらきら輝いています(同・左)。身が震えるような恐怖心を感じながらシャッターを切りましたが、今にも神々が舞い下りてきそうなすばらしい景色です。
林道わきの急な石段を下ったところにある丹倉(あかくら)神社は、ご神体の丸い岩(右の写真=高さ約7b)に、しめ縄を張った簡素な拝所があり、古くから信仰を集めています。かつて大丹倉周辺は森林、岩山、渓流、滝などが人を阻み、寄せ付けない奥深い山にある聖地としてあがめられ、修験道の行場にもなっていたようです。岩塊を縫うように流れる赤倉川には美しい雨滝などの滝があり、やがて尾川川となり、北山川に注ぎ込みます。つまり世界遺産となった熊野川の最も上流の源流域なのです。
道が整備され、車で行くことができるようになりましたが、太古からの神々の聖域の面影を色濃く残した、まさに秘境でした。
(2009.5.16)
新宮市の山でハナミョウガの花が咲きだしました。まっすぐに伸びた花茎に約30個のピンク色のつぼみをつけ、下から順次咲いていきます。唇弁は白地に鮮やかな紅色のすじがあり、派手な洋ランを思わす花姿で、やや薄暗い森を華やかに彩っています。
関東地方以西の暖地に自生するショウガ科の多年草。熊野ではまだ見られますが、県によっては絶滅危惧種としてレッドデータブックに載っています。
(2009.5.14)
近くの書店のポップ広告(写真)に「新宮市出身の写真家の渾身作」と紹介されていました。最近出たばかりの集英社新書ヴィジュアル版『世界遺産・神々の眠る「熊野」を歩く』(文・植島啓司、写真・鈴木理策)で、定価1260円。
東京芸大准教授で木村伊兵衛写真賞など数々の賞を受けている鈴木さんが、地元をよく知っているならではのアングルで撮った写真を収録しています。それに加えて世界各国の聖地を踏査し続けている宗教人類学者の植島さんの文は、熊野の深層に視点を据えた力作で、読み応えがあります。
あふれんばかりに出ている熊野のガイドブックのほとんどが熊野三山、古道の紹介で、どれも大同小異ですが、植島さんはさまざまな文献を読み、現地をかなり広範囲に丹念に取材しています。熊野信仰の源泉を探ろうとする意気込みが感じられ、一気に読ませてくれました。
それにしてもこの書店は、かなりの本に他店にはない独自のポップ広告をつけていて、店員の意欲もなかなかなものです。
(2009.5.12)
三重県熊野市の国の天然記念物・名勝「鬼ヶ城」で9日、岩に含んだ宝石のガーネットを見つける自然観察会がありました。環境省が10日の「地質の日」にちなんで行ったイベント。講師は日本地質学会員の後誠介さん(右の写真の右端)。
鬼ヶ城は太平洋に面した大岸壁で、約1`にわたって遊歩道も整備され、大小無数の洞窟、絶壁、奇岩を見ることができます。
後さんは「約1500万年前、熊野カルデラ火山でできた地下の地層が隆起などで地上に露出し、地質学を研究する上で貴重なものです。岩の中にはガーネットや石英、長石、黒雲母があり、観察できます。壁面はキズつけないように…」と説明。参加者は巨大な海蝕洞窟で、風化してはがれ落ちた岩のかけらの砂を白いトレイに入れて、ルーペで観察していました。約3_の赤いガーネット片を見つけた親子は「きれいだね」と喜んでいました。
(2009.5.10)
新宮市の公園でハコネウツギの花が咲き出しました。筒形で先が5裂した花で、咲き始めは白色ですが、日がたつにつれピンク色から深い赤色に変化し、1つの株に白と赤が混じって咲いていて、人目をひいています。
北海道南部から九州までの太平洋側の海岸ぞいに自生する落葉低木。種名となった箱根山には自生していないようで、植物学者の牧野富太郎は箱根山にはなく、あるのは同じ仲間で山地に自生するニシキウツギと書いています。
この2種の植物は葉の色艶や花の形などわずかに違うようですが、花が白から赤に変わるなど、まぎらわしいほどよく似ているようです。
(2009.5.8)
巨大地震発生のメカニズム解明のため熊野灘の南海トラフで掘削調査を始めている海洋研究開発機構の地球深部探査船「ちきゅう」が6日、新宮市の新宮港に1年3カ月ぶりに入港しました。
07年秋から4ステージに分けて調査を開始。昨年2月までのステージ1の調査では多くの科学的な収穫がありましたが、船の推進装置などが故障してドック入り。今年2月に修理を終えて、ステージ2の調査に出動。今月中旬から10月初旬まで掘削などの作業を続け、さまざまなデータを採取します。
この日は強いうねりがあり、岸壁への接岸はやめて海上で係留。別の船を使って乗務員の交代や資材の積み下ろしをしていました。波がおさまり次第、岸壁に着岸して科学者が乗り込み、10日にも調査海域に向けて出港するようで、今回もナゾ解明の手がかりとなる成果が期待されています。
(2009.5.6)
熊野地方の山が新緑のシーズンを迎え、1年で最も美しい姿を見せてくれます。左の写真は自宅のすぐそばにある山のほんの一部分ですが、木々が描き出したまだら模様は日々、少しずつ変化し、見飽きることはありません。
鮮やかな緑色から黄緑色、赤色、茶色などの濃淡を含め何10色もの新芽や新葉がまばゆく、輝いています。さらに淡い黄色の花をいっぱいつけたツブラジイやスダジイ(写真右)などの花々もまじって、それぞれの木がこんもりとした量感や色合いなどを誇示し、けんをきそっているようで、いきいきした自然を実感します。
(2009.5.4)
新宮商工会議所青年部が新宮市内の滝めぐりガイドマップ「瀧探勝」を作成し、市観光協会などで無料配布しています。
横約60a、縦約40aの用紙の両面をカラーで印刷。
片面に表紙(右の写真・右)と52カ所の滝を写真をつけて紹介(同・左)。滝の形、全長、難易度なども記載されています。もう1面には滝の場所を示す全体の地図とともに、初心者でもいける4つの「おすすめコース」を詳しいイラストマップ、交通ガイドなどで紹介(左の写真)。持ち歩くのに便利なように12に折られています。
新宮市には日本の滝100選の「桑ノ木の滝」や美しい姿の「鼻白の滝」など滝の宝庫ですが、初心者向きは10滝で、あとは中・上級、本格的沢登り向きです。問い合わせは市観光協会(0735-22-2840)へ。
(2009.5.2)
那智勝浦町の山間部、色川地区にある円満地公園で29日、新茶づくり体験があり、約60人が参加しました。
「色川茶」の名で知られる茶の産地で、10年前からゴールデンウイークに催しており、農家が1番茶を刈り取る前に極上の新茶を自分でつくれるため、人気のイベント。参加者は公園近くの茶畑で出たばかりの新葉を摘み取り(写真)、大きな釜で炒った後、手もみしたり、天日干しするなど1日がかりで茶づくりを楽しみました。常連の参加者は「とてもおいしいお茶で、この日が待ち遠しかった」と話していました。
同公園はコテージ、ログハウス、オートキャンプ場などを年間通じて利用でき、夏にはプールもオープンする町の施設ですが、昨年から指定管理者制度により地元の色川地域振興推進委員会が運営しています。
(2009.4.30)
三重県紀宝町の神内(こうのうち)神社に行きました。石の鳥居をくぐり、川に沿った参道の突きあたりを右に曲がると、岩間の石段の奥に拝殿が見えます(写真上・右)。
祭神は天照大神と代々の子孫の5神で、ご神体はそそり立つ巨大な自然の岩窟。森から出たモンスターのような顔が最上部です(同・左)。
境内にはクス、イヌマキ、スダジイなどの老大木や岩について生える珍しい着生植物など多くの植物が自生し、森の全体が県指定天然記念物。大きな岩を根で抱き込むようなクスの巨木(左の写真)や岩を根板で包み込むホルトノキの大木など、「子安の宮」として信仰を集めるにふさわしい樹木もあります。関東方面からの参拝者も多く、拝殿の壁にお礼の奉納品、赤ちゃんのよだれかけがたくさんかけられています。
多数の水蝕洞穴がある巨岩、うっそうと茂る老木、巨木…太古のふんいきを漂わせる神秘の世界は身が震えるほど感動的でした。総代の阪本正文さんが「もともと聖(ひじり)社だったのでしょうね」と話すように、縄文、弥生時代のころ、神々が宿る岩窟を信仰の対象とした祈りの場で、自然崇拝の熊野の神々の原郷だったと思わずにはいられない、魅力尽きない神社です。
(2009.4.28)
「第11回奥熊野100`マラソン」が26日、那智勝浦町であり、全国から多くのランナーが参加。午前5時那智山をスタートし、高低差550bの山岳地帯を走る過酷なコースに挑み、午後から夕方にかけて平安衣装の女性の待つ補陀洛山寺横にゴールしました(写真左)。
昨年6月、「西国三十三所めぐり 巡礼歌集」を出したフォーク歌手の高石ともやさんが前夜祭と競技後にミニコンサートをし、大会を盛り上げました。ホノルルマラソンなど国内外のマラソン大会に出場しているランナーでもあり、前回は本大会に参加し、12時間58分56秒の記録で完走。今回はこの日を西国三十三所の巡礼ランの初日と決め、参加者のスタートを見送った後、1番札所の那智山青岸渡寺を出発、熊野古道大雲取越、小雲取越から猪之鼻王子跡まで約40`を快走しました。車で補陀洛山寺に戻り、疲れをものともせず、軽妙な話をまじえ、数々の名曲を披露していました(写真右)。
巡礼ランは多忙な日程の間を利用し、各札所で自作の巡礼歌を奉納しながら走り継ぎ、秋には第33番札所の谷汲山華厳寺(岐阜県)までの全行程約991`を走破する計画だそうです。
(2009.4.26)
新宮市の山道でガクウツギの花が咲いていました。花は直径5_前後で小さい5弁の花。淡い黄緑色から黄色に変化するものの地味であまり目立ちませんが、その周囲に花びらのようなガク片を持った装飾花を少数ですがつけていて、純白の蝶が舞い下りたようでよく目につきます。
ユキノシタ科アジサイ属の日本固有種で、樹形がウツギに似ていて、実らないガクの花をつけることが名前の由来。関東南部以西の暖かい地域の山野に自生する落葉低木。鹿児島県では絶滅危惧U類の希少種です。
(2009.4.24)
全国屈指の生マグロ漁業基地、那智勝浦町の勝浦漁港で高級魚クロマグロが連日あがっています。大相撲で最巨漢力士として話題になっている重さ248`の山本山をしのぐ重量級の大物もまじり、市場はがぜん活気づいています。
写真は水揚げの1コマです。漁師が両手に持って運んでいるのはビンチョウマグロで、横たえている6匹はクロマグロ。関取クラスの大きな魚体は圧倒される存在感です。
熊野灘のクロマグロは1月ごろからあがり始め、今が最盛期。これまでに100数十匹水揚げされていますが、今月10日と12日には重さ300`級が相次いで2匹もあがり、仲買人らをも驚かせていました。
クロマグロは大きさ、味、値段ともにマグロの王様で、東京・築地市場などに出荷されていますが、勝浦産の生マグロは人気のブランドです。
(2009.4.22)
那智勝浦町宇久井の曹洞宗の古刹・延命寺境内にある野生のフジが5年ぶりに見事な花を咲かせて、名花の復活に関係者を喜ばせています。
このフジの樹齢ははっきりしませんが、かなりな老木。樹齢300年以上のオガタマノキなど高さ10数bもある森の木々のてっぺんにまでもつる性の茎を伸ばし、長く垂れ下がった花房を多数つけます。ところが数年前から木が弱って、何本かの茎に花をつけなくなったため、檀家総代らがフジの成育を邪魔しているカズラや雑草木を除去するなど手入れしたところ、今年、樹勢が回復し、よみがえったということです。
全体の写真がうまく撮れませんでしたが、自然の森を覆い尽くすように優雅な紫色の花が下がっていて、すばらしい眺めです。
(2009.4.20)
新宮市の公園でカナメモチ(別名アカメモチ)の花が咲き始めて、赤い新葉と白い花が青空に映えています(写真左)。円錐の房状に出した花茎の先に5弁の小さい花を多数つけて、つぼみはほんのりピンク色です(写真右)。
東海地方以南の暖地に自生する常緑樹ですが、春に出た赤色の新芽が長く楽しめ、緑色の葉も美しく、せん定にも強いため、生垣として植えられていて、よく目にする木です。
それにしてもこれまであまり花を見かけなかったのは、花は何回も刈り込むと咲かないようで、手入れがよく行き届いていた生垣ばかり見ていたということなのですね。
(2009.4.18)
JR紀勢線全通50周年を記念した菓子「徐福巻」が新宮駅構内にある新宮市観光協会で発売されました。
紀元前3世紀、不老不死の霊薬をもとめて同市に渡来したといわれている古代中国の方士、徐福が見つけた薬木が「天台烏薬」だったという故事にちなんで、JR東海と市観光協会が記念菓子づくりを企画。市内の菓子店「柏堂切畑屋」が出したアイデアが採用されました。
柔らかいもちを、どら焼きの皮のような生地で包んだオリジナル菓子。賞味期限は約3週間で、日持ちするのでおみやげ品に最適です。菓子箱の中の説明書きに「皆様の長寿をお祈りして、天台烏薬を生地に混ぜ製造いたしました。独特の風味をお楽しみください」と書かれていました。
1箱が8個入りで1050円。同市観光協会(0735-22-2840)だけで
記念キャンペーン期間の9月末まで1日30箱の限定販売です。
(2009.4.16)
那智勝浦町営那智駅交流センターにある農産物販売所が休みだった月曜日も今月から営業を始め、年中無休となりました。スタートした6日と13日とも、普段と同じように開店の午前10時に数十人が列をつくるほどで、客足を心配したセンター職員たちはほっとしていました。
同販売所は6年前、町内の農家と契約し、地元の新鮮な野菜を安く販売する「地産地消」システムを取り入れ、値段も1品100円から200円。たちまち評判になり、1年目で年間売り上げ2000万円を突破。
スーパーが地元の農産物コーナーをつくって対抗しましたが、
その影響もほとんどなく、その後も売り上げを伸ばし続けて、年々右肩上がりの急成長。昨年の年間売り上げは約4270万円にもなり、公営では特異な成功例として注目されています。
営業時間は月曜は午後5時まで。他の曜日は従来どおり午後9時まで。併設の天然温泉「丹敷の湯」はこれまでどおり月曜休業ですが、営業時間が変わり、受付は午後1時〜午後9時。閉館同10時になりました。
(2009.4.14)
那智勝浦町の山道でミツバツチグリの花(写真右)が咲いていました。直径1・5aの黄色いバラ科の花で、よく見ると、なかなかかわいい。
桜が咲くころ、野山で見かけた小さな5弁の花は、この花なのかと納得しかけたのですが、付近を見て歩くと、よく似た黄色の花がいろいろ咲いているのに気づきました。キジムシロ、ヘビイチゴなど同じ仲間だけでなく、カタバミ(写真左)も、葉や茎がなければ、見分けるのがむずかしいと思ったほどです。
いずれもどこにでも生えている野草ですが、そっくりさんの花が多いのにちょっと驚きながら、楽しませてもらいました。
(2009.4.12)
亜熱帯の動植物なども生息し、吉野熊野国立公園特別地域に指定されている那智勝浦町の宇久井半島で、環境省が8年前から進めていた公園整備事業が終わり、遊歩道の散策や自然観察がしやすくなりました。
08年度は半島東部の高台に「松尾展望広場」を整備。歩きやすくなった林の木々の間から熊野灘に浮かぶ岩礁や島々、右の2枚の写真のような半島の切り立ったがけ、海食洞などを眼下に見ることができます。また南東部の地玉浜(じごくのはま)への出入り口にある高さ約10bの急斜面に石段と手すりが建設され、これまでロープづたいだったのに比べ、安全になりました。熊野灘に面した磯で、潮だまりの生き物やハマダイコン、イワタイゲキなど海岸性植物の観察が楽しめます。
半島に生息する動植物を紹介した解説板(写真左上)、植物採取を禁止する注意標識など15基も設置されました。公園整備は01年度から始まり、宇久井ビジターセンターを建設するなど用地買収費を含め総事業費10億円。
(2009.4.10)
新宮市の森でサルトリイバラの花が咲き出しました。
新葉とともに出た花柄に反り返った6枚の花びらの小さい黄緑色の花をいっぱいつけています。
雌雄異株。茎や葉は同じようで雄株と雌株は見分けにくいですが、花を見れば、雄株の花(写真右)と雌株の花(同左)の違いがはっきりわかります。森を歩くと、雄花はよく見られますが、秋に赤い実になる雌花はあまり見かけませんでした。もともと雌株は少ないのかも知れません。
(2009.4.8)
新宮市の三輪崎漁港で5日、海産物の朝市があり、
開店前から多くの人たちが詰めかけました。
市内で唯一の海水浴場と今春オープンしたばかりの足湯を管理する三輪崎漁協が「漁港周辺ににぎわいを」と、地元でとれた海産物や加工品を月一回販売することになり、この日が第1回目。小売よりも格安な天然ブリ(写真左)、小アジ(同右)、カツオ、ビンチョウマグロ、シラス、ウニごはん、ヒロメ(海草)ずし…が並びましたが、ほとんどがまたたく間に売り切れていました。
今後も毎月第1日曜日午前10時から開催。サザエなど季節に合わせた旬の海産物を販売するそうです。
(2009.4.6)
新宮市名誉市民で文化学院(東京)創立者、西村伊作(1884〜1963)の実弟の孫から市に寄贈された家具12点の展示が西村記念館で始まりました。
伊作は大正初期に家族中心の「居間式住宅」を提唱した建築家でもあり、自ら建てた自宅は家具・調度品などとともに市に寄贈され、記念館になっています。今回の寄贈品は食卓とイス4脚(写真)、サイドボート、応接イスなどで、実弟宅で長く使われていたものだそうです。
板を差し込んで伸張できる食卓、背もたれが可動式になったイスなど伊作所有の家具に形や様式が似ており、市教委などは「伊作がデザインした可能性が強い」と話しています。大正時代のロマンを感じさせる記念館にふさわしい貴重なプレゼントとなりました。
記念館は国指定の登録文化財で、公開されています。午前9時〜午後5時。休館は月曜と祝日の翌日。入館料100円。
(2009.4.4)
新宮市の山道でムラサキケマンの花が咲いていました。
長さ約2aの筒状くちびる形で紅紫色。花茎の上部に、思い思いの方向に多数つけています。
全国各地に自生する野草ですが、名前の由来が理解しにくいのです。仏殿などを装飾する「華鬘(けまん)」に似た形でピンク色の花を咲かせる中国原産のケマンソウにちなんで、「紫色のケマンソウ」という意味の名を付けたようなのです。またムラサキケマンに似ていて、3月初めごろ海岸近くに黄色の花を咲かせていたキケマンも「黄色のケマンソウ」が名の由来といわれています。
ところがムラサキケマン、キケマンとも、花の姿がケマンソウとはまったく似ていません。
ケマンソウは古くから渡来して、園芸用として好まれていて、同じケシ科の仲間で、よく知られた草花だったから、名付け親の役目をしたということなのでしょうか。
(2009.4.2)
1959年に紀勢線(和歌山市と亀山駅間、全長384・2`、96駅)が全通して今年で50年。JR西日本、JR東海と沿線自治体が4月から9月まで記念キャンペーン「結ばれ愛され50年」をします。三重県の三木里駅と新鹿駅間の最後に開通した7月15日を中心にさまざまなイベントが計画されています。
紀伊半島は、海からすぐに山塊が広がる険しい地形で、交通網の整備は悲願でした。地元の衆議院議員、山口熊野(ゆや)は「猿を乗せるつもりか」との陰口をものともせず、熊野に鉄道を走らせる運動を続けました。その結果、1940年、紀勢西線(和歌山−木ノ本間、225`)が開通。この年、新宮市長や三重、和歌山両県の市町村長が発起人となり、那智駅前に「山口熊野君頌徳碑」(写真)を建てました。
近年、車社会になって鉄道のありがたさがやや薄れてきているようですが、今一度、先人の遺徳をしのぶいい機会です。
(2009.3.31)
新宮市の熊野川河川敷で希少な寄生植物のオオバヤドリギが見られます。新芽が吹き出したヤナギの木の先に宿った数本が高さ1bほどに成長しているのがよくわかります(写真右)。
関東以西の暖地に生える常緑寄生低木。近くで撮った左の写真を見ると、枯れているように見えますが、もともと葉の裏が赤褐色で、枯れているわけではありません。野鳥に運ばれた種子が大きい木の高いところに寄生し、幹に根を下ろし、水分や養分を奪い取って、花を咲かせたり、実もつけて樹上で生育します。
ひどい場合は宿主を枯らしてしまうこともあるそうですが、絶滅が危惧されている植物で、和歌山で絶滅危惧U類になっているほか、西日本の12府県でレッドデータブックに記載されています。
(2009.3.29)
|