文学の授業


6年生 やまなし  宮澤賢治 作  かすや昌宏 絵

(1)教材について

 @『小さな川の底を写した、2枚の青い幻灯です。』、この最初の1行は、物語の背景と読み方を示唆しています。

A『小さな谷川』だから、川の底まで見えます。そして、谷川ですから、横幅が小さく、側面まで見通すことがで
きるのです。四方が見渡せ、水がきれいで中までよく見える。何もかもよく見える世界でのできごとでなのです。

 B『青い幻灯』ですから、少しあいまいな世界です。透き通っていますが、水を通して世界を見ています。『青い』
の中には、定かではない確かなものではないということを表しています。

C宮澤賢治の作品は、『現実を反映した空想の世界』が多いです。注文の多い料理店、風の又三郎、グスコーブドリ
の伝記、などなど、多くの作品がファンタジーです。

D『2枚の』青い幻灯ですから、比べて読むことを示唆しているようです。対比で読む、なぜなら、対比で書いてあ
るのですからと言わんばかりの1行です。

E『わたしの幻灯は、これでおしまいであります。』、最後の1行は、終わりの1行でもあり初めの1行でもあるこ
とを示唆しているようです。私の幻灯はこれで終わりですが、かに達の生活は、あなた方の生活は、今からが始ま
りです。さあ、あなたは、どちらの世界を目指すのですかと問われているような気持ちになります。

F最後の一文をどう分析するのか迷います。1つは、『で』で受けて名詞化し『断定の助動詞『だ』を丁寧体にして
いる。もう1つは、係助詞『は』を使い強調する文体をとっていると考える。問題は、何を強調したかったのかと
いうことです。結末の1行は、1行でじゅうぶん重みがあります。

(2)読み方指導の内容

  @場面構成を考える

   事件のはじまり   小さな谷川の底を写した、2枚の幻灯です。

   事件の展開     五月

   クライマックス   十二月

   結末        私の幻灯は、これでおわりであります。

  A対比で読む

   この作品は、対比であふれています。この手法は、お互いのちがいを明らかにする

とともに、それぞれの内容を際立たせます。対比の例を挙げます。

*5月と12月     世界観の対比

*かわせみとやまなし  象徴されるものの対比

*日光と月光      背景の対比

*喧騒と静寂      状況の対比

   *上る魚と下る魚    行動の対比

   などなど、様々な対比が描かれています。上記の対比は授業者が個人的に設定した対比です。

  B言語から映像を創る

   1年生では、絵を見て言葉を想像します。『やまなし』では、言葉からイメージを作ります。言語と映像の往復を
作り出せれば、作品を深く読み自らの想像力を豊かにできる。5月と12月のスライドを作る、文章から2枚のスラ
イドを作り対比する。最終的に世界観の対比をすることで、やまなしを味わえたらいいなあと考えています。

(3)考えられる発問

   

   発問1 大きな川では、だめですか?  

       大きな川と小さな谷川を比較検討させる。

小さな谷川だからこそ底が見え、側面が見え、天井が見える。

   発問2 どこから、写しましたか。 

       『青い』という言葉が、大事です。もし、外から写したら、水面が写ります。青い世界は、曖昧さを残す
 世界です。

   発問3 『五月の幻灯を作ります。画用紙に見つけたものを描いてください。』

       自分のイメージを画用紙に描く。

        二匹のかにの子ども 上の方や横の方 なめらかな天井 暗いあわ

        かにの子どもらのあわ魚(銀の腹)鉄色に変に底光り 日光の黄金

        光のあみ 白い岩  まっすぐなかげの棒 白いあわ 青いものの先

        コンパスのように黒くとがったもの 白いかばの花びら 花ビラのかげ

        砂 などなど

       まず、子ども達が自分で絵を描く。

次に、グループで絵を整理する。

最後に小黒板を使い学級で作成した『五月』の幻灯を作る。

      

       2匹のかにの子どもがどんな場所にいて、周囲にどんなものがあるのかをイメージすることが、読み
の最も大事なことです。状況がわからないのに、かに達の心情を読むことは不可能でしょう。

発問4 『かにの子ども達は、かわせみを見たか?』

    見たものは黒くとがったコンパスのようなもの、かわせみとの認識はない。

  発問5 『5月との違いを見つけながら、十二月の幻灯を作ります。』

      自分で小黒板に描く

グループで討論する

全員で整理する

       白いやわらかな丸石 小さなきりの形の水晶のつぶ 金雲母のかけら

        ラムネのびんの月光 黒い丸い大きなもの 遠眼鏡のような両方の目

        黒い三つのかげ法師 木の枝にとまったやまなし 月光のにじ

      金剛石の粉

   発問6  5月と12月を対比して、○○な世界と□□な世界といいましょう。』

        具体物のたいひもあるし、世界観の対比もある。

   発問7 なぜ、『私の幻灯は、これでおしまいです』と書かないで、『おしまいであ

ります。』と書いたのでしょうか。

        何かを強調しています。強調されたものは何かを考えましょう。

(4)予想される授業展開

  @発問1からの展開  大きな川では、だめですか? 

   この発問は、対比の手法を使いお互いを明確にすることを学ぶためのものです。ほ

とんどの子ども達は、『大きな川ではダメです。』と言うでしょう。最初に全文を何

回も読んでいます。話のあらすじを知り、作品に対する自分の考えを持っています。

だから、あえて、この発問をします。子ども達は、『小さな谷川』と『大きな川』の

ちがいを見つけるでしょう。そして、『大きな川』ではダメだと言う結論を得ます。

  A発問2からの展開  『どこから(で?)写しましたか。』

   この発問にこたえるため、5月の内容をたくさん話してくるでしょう。もしかすると、

12月の内容も理由に挙げる子がいるかもしれません。そうなれば、しめたものです。

これまでの授業は、『ここからここまでの間で意見を言いなさい』ということが多か

ったでのすが、もし、教師の意図しない範囲を越えた意見が出るとすれば、それは、

発問に問題があるのでしょう。子ども達は、必死になって教師の問いに答えようと

します。全文を検討し答えようとする発問は、きっと、優れた発問です。もし、限

定した答えを期待するのなら、その答えを話したくなるような発問をしなければな

りません。『上の方や横の方は・・・・』という叙述に目をとめ、水の中から写した

という答えがでたら、次々と水中から写したという証拠はみつかるでしょう。

上の方や横の方は、ななめ上の方へ上っていきました、頭の上を過ぎて・・・、

かにの子ども達は、川の底で5月の世界を眺めています。5月は、さまざまな生き

物の命が誕生するときです。生まれて死んで、命が入れ替わります。輝く太陽の下、

きらきらとした世界が広がっています。

  B発問3からの展開 『五月の幻灯を作りましょう。』

   上流と下流を意識して読むかどうかを確かめましょう。上流へ魚が上る時、クラムボンは死に、水面をくちゃく
 ちゃにします。ひれをしっかり振って泳ぐからでしょうか。下へ泳ぐときは、ひれを動かさず流れに任せて下り
 ます。その時、クラムボンは笑います。子ども達のクラムボンは、追求しなくてもよいと思います。それぞれの
 クラムボンを想像したらいいのではないでしょうか。光のあみ、まっすぐなかげの棒など光と影が作り出すコン
 トラストのきつい画面が描かれてきます。            

  C発問4からの展開  『かにの子どもたちは、かわせみを見たか。』

   授業記録から

           ・・・・・・・・・・・・・・・・

   T : 見たと思う人手を挙げてください。

       全員手を挙げる

   T : 見なかったと思う人はいませんか。

       先生は、見なかったと思います。先生についてくる人はいませんか?

       では、見たという人の意見を聞きます。

   C : そのときです。青光りのまるでぎらぎらする鉄砲だまのようなものが、いきなり飛びこんできましたと書いてある。

       そうやそうや、賛成の声多数

   C : 兄さんのかには、はっきりと見たと書いてある。

   C : コンパスのようにとかとがっているとか、詳しく見ている。

   C  : 魚をとってったとかいてある。

   T : うーん。魚をとってったと書いてありますか。もう一度読んでみましょう。

   C : あれー、ちがうどー。とってったとは書いてない。魚の白い腹がぎらっと光って・・・、上の方へ上って
  いったようでと書いてある。かわせみが主語になってない。

   T : よく見つけましたね。かわせみが、と書いていません。何が起こったのかもわかっていませんね。かにの
  子ども達は、かわせみを見ましたか?

                ・・・・・・・・・・・・・・・

    子ども達の意見を聞き、もう一度読むことを繰り返すと、子がに達は、かわせみを知らないことに気がつきます。何かわか
 らないが突っ込んできて、その後、青いものも魚の形も見えずと書いてあることを知ります。再度の『かわせみを見たか』
 の問いには、『見ていない。黒くとがっているものは見たけどかわせみのくちばしとは知らなかった。』と答えました。し
 かし、1人だけ『見た』という子どもがいました。1時間、教師と子どが討論をしました。命題は、『認識のないものを見
 たといえるか。』です。彼女は、『知らなかったとしても、見たものはかわせみですから見たと言える』と言います。教師は、
 『知らないものには名前は付けられないのだから、かわせみを見たとは言えない。見たのは黒くとがっているもの』、『青光
 りのまるでぎらぎらする鉄砲だまのようなもの』であり、かわせみではないと言います。議論は、並行線をたどりました。彼
 女は、みんなの意見を聞いてほしいと訴えましたが、教師は子ども達に考え切れる問題ではないと判断し、二人の議論で終わ
 らせました。

  D発問5からの展開 『5月との違いを見つけながら、十二月の幻灯を作ります。』

    全員で意見を出し合いながら小黒板に描いていきます。子ども達は、5月と対比しながら考えます。見えるもののちがい、色
 のちがいを感じながら、いろんな話をしてくれます。言葉から創り上げた2枚の幻灯は、『ちがいと共通』を意識させます。

   E発問6からの展開 5月と12月を○○な世界と□□な世界といいましょう。』

    具体的な物の名前を入れる子どもも抽象的な世界観を意識する子どももいます。できれば、世界観のちがいを話し合いたいも
 のです。

    授業記録から

    *悲しい世界と美しい世界  5月はクラムボンが死んだし、魚がかわせみに食べられたので悲しい。12月は、金剛石、金
       雲母などが出てきてきれい。

    *光の世界とあわの世界   5月は、「光と影の世界」と思った。暗い場面からいきなり明るい場面になっている。でも、
       明るい場面が多いので「光の世界」にした。12月は、あわで遊んでいる場面が多い。金剛石
       の粉もあわのように思った。

    *日光の世界と月光の世界  昼と夜のちがいがある。昼はいろいろな生き物が活動し、生まれたり死んだりする。よるは、
       生き物が活動をやめ巣穴ですごす。

    *危険な世界と安全な世界  騒々しい世界は、後ろから近づく気配を感じ取りにくい。いきなり、後ろから襲われたりする。
       静かな世界は、物音が小さくても聞こえる。敵が近づいたりする時、よくわかる。

    *とがった世界と丸い世界  5月は、なにかぎすぎすとした争いの場面を感じる。12月は、何もかも丸くなって、平和な
       世界を感じる。

    *こわい世界と楽しい世界  かわせみは代表するこわさとやまなしが代表する楽しさを感じる。

   F発問7からの展開  なぜ、『私の幻灯は、これでおしまいです』と書かないで、『おしまいであります。』と書いたのでしょ
      うか。

    最後の1文は、何かを強調している、意図的な文である。では、何を強調しているのか。『わたしの幻灯』を強調していると考
 えると、私の幻灯の他にもあるのではないか。たとえば、『かに達』の『あなた』の幻灯は、ありませんかと問われているよう
 にも読むことができます。

    最初と最後の分を比較検討します。

   

     小さな谷川を写した、二枚の青い幻灯です。

     わたしの幻灯は、これでおしまいであります。

    小さな谷川の底では、これからもかにの親子達が生きていきます。だんだん大きくなってくる子ども達は、これからどんなものに
 出合い、どんなことを経験していくのでしょうか。きっと、たくましく大きくなって、お父さんのかにのようにしっかりしたかに
 になるのでしょう。私たちもかにの親子に負けないで、しっかり頑張って生きたいと思います。

(5)論じ残した問題点

 @語り手の位置

  この物語の『語り手』は、『私』である。最後の文章で『私の幻燈は、・・・』と読者に語ってきたのは『私』であることを明らかに
 しています。物語を読むときには、『語り手』を常に意識することを確かめたいと思います。

 A文章の視点

  『つぶつぶあわが流れていきます。』という文は、語り手の位置からあわが離れていくように書かれています。もし、『つぶつぶあわ
 が流れてきます。』と書いてあったら、泡が近づいてきます。文章には、必ず視点があって、場面の説明をしています。言葉からイメ
 ージを作るとき、視点を意識して読むことはとても大事なことです。

 B中心人物はだれか

  やまなしの中心人物は、だれでしょうか。かにの子ども達、かにの親子、かわせみ、やまなし、クラムボンなどなど、いくつか候補は
 あげられます。中心人物を考えることは、物語のクライマックスを考えることと深く関わります。また、話の展開と背景を考えること
 になります。