文学の授業


  ちいちゃんのかげおくり  あまんきみこ 作   上野紀子絵


 

(1)この物語を教材として学べること

 @語り手(話者 話し手)を意識して読むこと

  物語を読むとき、登場人物を特定する。誰と誰が、どんなことをして、話して、どうなったのか。
実際に登場する人物とは別に、もう一人重要な登場人物がいる。語り手である。語り手を意識して
読むかどうかで、読み方が違ってくる。作者、猫、私など様々な人物として登場する。語り手がど
こにいて場面を見ているのか、語り手が何を読者に見せようとしているのかを知ることが、作品か
ら多くのことを感じ取るのに必要不可欠なことである。それでは、この物語に語り手どこにはいる
のでしょうか。語り手は、時々、登場人物たちに同化している。4人の話し声が聞こえるぐらいの
場所にいて、4人と一緒に行動する。この物語では、語り手はちいちゃんにかぎりなく近づいてい
る。

 A物語のでき方(構成)を知ること

  物語は、どのように展開しているのかを知る。『起承転結』が基本であるが、物語によって違って
くる。この物語の構成を下記のように考えた。

    前話 事件の始まり 事件の展開 クライマックス 事件の結末 後話

  この作品は、典型的な場面展開をしている。授業で場面の展開を意識させることは、読みに区切り
と発展を意識させる。『ここから事件が発展するぞ。何かが起こるぞ。』と言う予測と『こうなる
だろう。あの人が出てくるぞ。』という想像を湧き立たせる。予測と想像は、言語から作り出す読
み手の世界である。場面の変わり目を意識させたい。

   *新しい人物が登場した時

   *場所が大きく変わった時

   *時が大きく変わった時

 B音読をすることで自分の気持ちを表現する方法と技術を学ぶこと

  思ったこと、感じたことを言葉で表現することは、難しいことである。3年生という発達段階は、
多感で活動的で、様々なことを感じる時である。しかし、言語表現力は、まだまだ未熟で、言葉で
思いを表現することは、なかなかできない。授業では、子どもの表現技術と表現意欲を高めること
が大事だ。自分の思いを自分の言葉にはできないが、音読することで『悲しみや嬉しさ』、『怒り
や優しさ』を表現することが出来る。

(2)授業での難関

@ファンタジックな表現を感じ取れるか。『体がすきとおって、空にすいこまれていく』、『わらい
ながら花ばたけの中を走りだしました』、美しい表現に込められた『戦争への怒り』、『果てしな
い悲しみ』を感じ取ることが出来るか。子ども達の読みの能力は、高度な表現方法を克服できるか。

A『戦争』についての認識が、不十分な子ども達である。空襲の状態や防空壕の中での夜などイメー
ジできない場面が、多い。戦争の緊迫した状況が、作品の背景にあり読み手の感情を動かす。『焼
夷弾』と『爆弾』の違いの説明は、しない。戦争の説明は、必要最小限にとどめ、ちいちゃんの行
動を丁寧に読むことが大事である。

(3)教材分析と発問

 @前話

  『「かげおくり」って遊びをちいちゃんに教えてくれたのは、お父さんでした。』、初めの1行で
ある。この1行を前話とした。理由は、3行目以降の文と1行目の文は異質だからである。前話は、
物語の背景にあることを読み手に伝え、テーマを暗示する。この物語では、『かげおくり』が重要な
出来事であり、クライマックスを作っている。3行目から物語が始まっていて、1行目とは分けて読
まなければならない。

 発問1 『1行目の言葉で一番強く読みたいのは、どの言葉ですか?』

     この文は単純な名詞文ですが、仕掛けがあります。子ども達と一緒に確かめたいことがありま
す。1つは、文章を名詞化することです。『「かげおくり」って遊びをちいちゃんに教えてくれ
た』という文を『の』でうけて名詞化し、主語にしています。『教えてくれた』のは『お父さん』
なんだということを強調しています。

 発問2 『ちいちゃんを主語にして文をかきなおしましょう。』

     『おとうさんを主語にして文をかきなおしましょう。』

     ちいちゃんは、お父さんに「かげおくり」って遊びを教えてもらいました。

     お父さんは、ちいちゃんに「かげおくり」って遊びを教えました。

 発問3 『3つの文を読み比べて視点を考えましょう。』

     A ちいちゃんは、お父さんに「かげおくり」って遊びを教えてもらいました。

     B お父さんは、ちいちゃんに「かげおくり」って遊びを教えました。

     C 「かげおくり」って遊びをちいちゃんに教えてくれたのは、お父さんでした。

 

   物語を読む時、書き手の視点を意識しながら読むことは、イメージを作ったり思い

を深めたりするためにとても大事なことである。物語を書く時、作者は視点を決め

て書きます。視点がぶれると書きたい内容が曖昧になり伝わりません。良い物語は、

しっかりとした視点で描かれています。読み手は、視点を意識して読まなければな

りません。

≪文章の視点について≫

小学校での視点の学習は、基本的なものに限られるでしょう。私は、下記のように

考えています。

一人称視点・・・『わたしは』など主語が一人称のものをさします。主語省略が、可能であす。日記など

二人称視点・・・『あなたは』、『諸君は』など、主語が二人称のものをさします。

        手紙など

三人称客観視点・・・カメラの視点ともいう。心理描写はなく、客観的な事実のみを描写する。

三人称限定視点・・・一人の視点ともいう。登場人物の限定された人物の心理描写をする。

三人称全知視点・・・すべての登場人物の心理描写をする。

   読み手は、視点を意識することで、人物の心情や情景により深くせまることが出来る。また、作中の人物
と同化して、作品の世界を自分が体験しているかのかのように読み味わうことができる。

   Cの文は、『語り手』の視点で書かれている。三人称客観野視点と考えられる。

 A事件の始まり

  出征したら帰れないとわかっているのでしょう。お父さんは、家族で先祖の墓参りへ出かけます。お父さん
が一番心配しているのが、幼いちいちゃんです。心配の度合いが、登場する人物の順序に表れている。そこ
まで深読みするか。
自分勝手な読みだぞって、しかられそうですね。でも、こうしてこだわりながら読むと、
楽しく読めます。根拠がない、読みすぎだという人もいます。私は、できる限りこだわって、ひっかかって
読みたいと思っています。授業に何を提示し、何を討論するかとは別の問題です。帰り道、お父さんが、
『・・・・・・つぶやきました。』と表現されています。静かに事件は始まっています。仲の良い家族、幸
せにくらしていた家族4人でするかげおくりは、ごく普通の遊びのように描かれています。しかし、出征、
墓参り、記念写真など、読者に不安を持たせるような工夫がなされています。会話文は、静かにたんたんと
家族の様子を描き出しています。お母さんが、ぽつんと言った言葉が、ちいちゃんの耳にのこります。二人
は、空にいろいろなかげを送ります。二人は、お父さんに元気な姿を送っていたのかもしれません。

  発問4 『記念写真に名前をつけましょう。』

      記念日は、特別な日です。この家族にとって特別なことは、なんだろう。何の記念日なのでしょう。

      *今日の記念写真  *大きな記念写真  *白い記念写真

      *最後の記念写真  *四人の記念写真  *空に浮かんだ記念写真

      *手をつないだ記念写真  

      子ども達は、どんな名前をつけるでしょうか。名前をつけた理由を聞いてあげましょう。

  発問5 『会話文だけを配役を決めて読みましょう。』

      4人の声に違いはあるでしょうか。子ども達は、お父さんの出征の意味が分かっているのでしょうか。
お父さん、お母さん、ちいちゃん、お兄ちゃんの声を使い分けられるか。言葉で説明はできなくても実
際の声に出すと、読み手の気持ちが表現できます。

 B事件の展開

  空襲警報のサイレンで目が覚めます。いつものように防空壕へ逃げようとする親子。しかし、この日の空襲は、
様子が違う。今までにない大がかりで激しいものでした。付近の住民も必死で逃げています。とうとう、ちいち
ゃんは、お母さんとはぐれてしまいます。泣き叫ぶちいちゃん、知らないおじさんがちいちゃんを抱いて逃げて
くれました。ちいちゃんは、一人ぼっちになってしまいました。

  発問6 『役割を決めて、グループで音読しましょう。』

      お母さん、ちいちゃん、おじさん、ナレーター、4つの役割を順番に交替して読みましょう。読む声に
どんな思いを込めたのかを発表しましょう。できたら、みんなの前で発表し、感想を聞いてみましょう。

 Cクライマックス

  焼け野原になった町、まだ、煙があちらこちらに残っています。はす向かいのおばさんと出会ったちいちゃんは、
一緒に家に行きます。『お母ちゃんたちは、ここに帰ってくるの。』と聞くおばさんに深くうなずくちいちゃん。
ここしか行くところがなかったちいちゃん。お母さんもお兄ちゃんも、他に行くところはないはずです。行くとこ
ろは、ここしかない。必ずここに帰ってくる。『その夜』、ちいちゃんは、こわれかかった暗い防空壕の中で眠り
ます。「お母ちゃんとお兄ちゃんは、きっと帰って来るよ。」とつぶやいたのは、ちいちゃんでしょうか。次の日
は、防空壕から出ませんでした。もし、外へ出ていたら、誰かと出会っていたかもしれません。ちいちゃんには、
外へ出る力はありませんでした。

発問7 『その夜は、空襲で離ればなれになってから何日目の夜ですか。』

    1日目は橋の下でたくさんの人と眠ります。2日目は、はす向かいのおばさんと別れたあと、こわれか
けた防空壕の中で1人で眠ります。『その夜』は、2日目か?家族と離ればなれになって、知らない人た
ちの間で一夜を過ごす。暑い夏の日差しの中を歩いて歩いて家へ帰りましたが、焼け跡だけが残っていま
す。おばさんとも別れ、一人になって夜をむかえます。2日間、ほとんど食べていません。疲労も極限に
達しています。精神的にも体力的にも限界です。

 

 D事件の結末

  一人でかげおくりをするちいちゃん。先祖の墓参りに行った時のかげおくりとどこかがちがう。お父さんとお母さ
んとお兄ちゃんが、やってきます。花畑の中を走りながら家族に近づこうとするちいちゃんに、思わず『行っては、
ダメ!』と声をかけたくなります。たった一人で、焼け野原の町で、壊れた防空壕の片隅で、命を落とした幼い女の
子がいました。

   発問8 『役割を決めて、音読しましょう。』

       ちいちゃん、お父さん、お母さん、おにいちゃん、ナレーター、グループで練習し、みんなの前で発表
する。それぞれの会話の読み方について話し合い、発表する。

発問9 『次の会話の読み方について話し合いましょう。』

    *『まぶしいな。』

    *元気よく 弱弱しく おこったように (    )

    *すばやく  おそく  ふつうに  とぎれとぎれに

    状況を考えた読み方を工夫しましょう。ちいちゃんの様子は、どうでしょう。最後のちからを振り絞って
立ち上がり、かげおくりをしたのです。

 

 E後話

  小さな女の子の命が空に消えてから何十年経ったのか。町に当時の面影はないが、歴史の事実は残る。この後話は、
物語の思想を読者全員に広げる役割を果たしています。戦争の事実を語り継ぎ、将来に警鐘を鳴らしています。『ち
いちゃんが一人でかげおくりをしたところ』、『お兄ちゃんやちいちゃんくらいの子どもたち』という表現は、この
物語の世界と現在の世界、戦争と平和を対比し平和の尊さを訴えています。

    発問10 『小さな公園のある所は、戦争中には何がありましたか。』

        戦争中、ちいちゃんが一人でかげおくりをしたところです。たった一人でかげおくりをして、空に消え
た場所です。壊れかけた防空壕のあった所なのです。

    発問11 『現在と戦争の時代を対比してください。』

      *一人でかげおくりをした所 ・・・ 小さな公園

      *前よりもいっぱい家がたっている ・・・ 焼け野原

      *小さな公園 ・・・ 防空壕

 

(4)全文を読んで話し合いましょう。

   発問12 『戦争の時と今と違うことを探しましょう。』    

   発問13 『戦争の時も今も変わらないことを探しましょう。』

   発問14 『あなたにとって、もっとも大きなちがいと同じことはなんですか。』

   たくさん見つけた『ちがい』と『共通』から最も大きなものを選ぶことで、ちいちゃんの悲しみ、家族の悲しみ、
そして、読み手の怒りを感じることが出来る。『選ぶ』ことは、量から質への転換である。何を選ぶかで読みの深
さと質がわかる。教師は、『感動や内容』を教えることはできない。教えることが出来るのは、『読み方』である。
この3つの発問は、教材を通して読む発問である。学級のみんなの発言を引き出し、それぞれの思いを交流したい。