バックナンバー        戻る  
  2024年

4月
    餌台のリンゴをつつくメジロ2羽

    沈丁花の香に覚醒の朝の道

    強風に煽られ雀飛びよどむ

    透明の傘の向こうを初燕
 
    つつつーと横断歩道を足でゆくセグロセキレイ栗東駅前

    大急ぎに歩道の端を走り去る黒蟻一匹3月半ば
 
    よく立ち寄る本屋さん2軒閉店すこの3月に寂しさふたつ
 
    豌豆豆の緑ころころちらし寿司咲きかけている菜の花散らす

    曖昧に膨らんでくる裸木の枝の先々あかみを帯びる

     藪椿に被さる雪を蹴散らして鵯は喰らう赤い花びら
  
    夕方の雨上がりの道しずかなり蒲公英かたく花弁を閉ざす

    切れ切れの眠りに幾度も同じ夢 知らぬ少女の静かな微笑

    満開の桜を飛び交い鵯ら はなびらつつき散らして叫ぶ
  
    筍の売り場の前の立ち話し不調と病いのことを延々







3
    ヤエムグラ豊かに伸びる雨あがり

    白と黄の水仙の咲く無人の家

    帰らない猫を待ちつつ溝そうじ

    枝先にひとつ咲き初む雪柳

    紅梅の鉢植えの横で伸びをする薄茶の虎猫午後の日溜り

    黄水仙白水仙の咲き乱る主なき庭へ陽射し明かるむ

    ビル二階小さな森に迷い込むグリーンショップ「植物図鑑」

    指先に軽く粘つく八重葎雨あがりの朝よく伸びている
    
    やわらかくみどりに芽吹く草草にイヌフグリの花点々と青

    風花のはらりと舞って西の山を雪雲ぐんぐん覆い始める

    地下街のカートを引いた人たちを避けて歩いて本屋は静か

    夢の欠片ぶつかり合って侵食し夢の流れが壊れつづける







2月  
    ままごとのようにこさえるひとりなべ
 
    枯れ芒と屁糞葛に囲まれた畑中の小屋が今朝なくなっている
  
    草叢に置き去りにされたミニバイク赤い塗料の剥げて水仙
 
    高い塀の角を曲がればいきなりに冬の青空大きく開く
  
    1メートル四方の畑は日陰なり菊菜と葱とやわやわ生える

    原題は「秋天的童話」1987年香港映画

    とろとろと蕪のスープの煮え上がり鼻をひくひく猫やってくる
 
    一月を飾り続けた松の枝立春を過ぎまだ青々と
  
    明るさを増した2月の陽の射してつい長々と立ち話しした







1月  
    向かいの椅子に猫が伸びをして朝

    田に遊ぶ雀の群れにささめ雪

    苔庭に落花椿の白い翳
  
    イーヨーが振り向いたような雲ひとつバラ色ぽっかり朝の窓ごし

    それぞれに別の螺旋を上昇す三羽の鳶ら はるかな空へ
  
    4日前終わってしまった古書市の広告をまだ外さずにいる
 
    側溝の割れ目に芽を出しタビラコは柔らかい葉を放射に開く

    のぶどうもナンキンハゼも根元から切られて川べの風の冷たし

    凪いでいる午後のびわ湖の静かアメリカセンダングサ枯れてひと株

    立ち枯れの藤袴を刈り取れば綿毛いっせい風に飛びゆく

    オキザリスがカタバミに先祖返りして庭のあちこちを覆い始める








2023年

12     
     黄葉の萩と石蕗の黄色と

     たがいちがいの干し柿を揺らす風

     錦秋残る山へ鋭角に朝陽
 
     鳴き交わし素早く飛び交うヒヨドリの影を追うごと竹藪ざわり

     みっしりと黒紫色の実を車輪梅おいしそうにも見えたりするが
  
     西日もろに差し込んでくるコンビニのパイプの椅子にて蜜柑のジュース 
 
     夢の続きのように目覚めた北の窓はぼんやり明るくぼんやり暗い

     手に掬った銀河の河原の砂粒のサラサラ零れ落ちていく目覚め

     大型犬の長毛の影が摺りガラスに波状の筋を残して通る

     気前よく黄色い夢を舞い散らす一迅の風に大公孫樹は

     来年の手帳とカレンダー2種を予約した師走の小春日のに

     どこまでもどこまでも青い冬の空赤い実たわわ南天の立つ

     朝散歩ちょうど2時間猫帰還 鼻先赤らみ冷気纏わせ
   
     駅ホーム待合室のお昼時コンビニおにぎりを開くあちこち

     9月から置きっぱなしの冬瓜に12月末包丁を入れる







11
     縦横無尽ヘクソカズラが庭を這う

     秋空や蜘蛛の巣ひかり茶虎猫

     パラバラバラ傘を逆さに零余子採り

     雨しとど紅葉の桜 葉を閉じる
    
     比良山と曼荼羅山を正面にフードコート隅「幸田文」を読む

     20年読みそびれていた小説はゴツンゴツリとあちこち躓く
  
     お互いに経年劣化を感じつつ「あなた若いわ」などど言い合う
  
     北側に発芽の菊菜は7日経ち双葉のままに留まっている
 
     草を引く指の少し先コオロギが跳躍せずによちよち歩く

     道の端に細かく一列カタバミとスズメノカタビラ・オオバコ・タビラコ

     道端のスミレにツマグロヒョウモンの幼虫を載せれば忽ち貪る

     花梨の実たわわに実る境内に古書市準備の若きらの声

     古書市の書棚を覗く後姿が信子さんみたいで声掛けそうに

     「のんちゃん」と呼びかけ はっと息を吞む彼女はもうずうっといない



   



10 
     唐楓の落ち葉を踏んだ停留所

     プラットホーム風に煽られ秋の蝶

     小春日にそろりと揺れる藤袴
 
     群像の10月号は676ページ意外に軽い

     「この夏もこの格好で」と防護服を着る白蟻駆除の青年
  
     雨粒のひとつを合図にやってきた視界を遮断してしまう雨
 
     規則的のように不規則な虫の楽 草叢に寄ればぴたりと休止
    
      じゃが芋の小粒集めたひと袋原産の地は時空遥かに

     美しい翅を全開黒揚羽スイカズラの蔓にしばし動かず

     ともに皆で帰り行くらし燕らが高架の隙間に鳴きたて犇めく

     集合の場所は毎年この高架南への旅今年は遅い







9
     夜明け前カナカナ蝉の遠い声

     夕風にススキと揺れる吾亦紅    
         
     幾度も車窓をよぎる合歓の花向かいの席におさなき眠る

      地べたから熱がモアモア押し寄せる暮れかけてきた駅前広場
  
     庭中に狗尾草が揺れているずっと雨戸の閉じている家
      
     側溝のぎりぎり際をゆっくりと歩み去りゆく朝の黒猫
   
     早朝の散歩に見かけた猫3匹みんなどこかに怪我をしていた

     青紫蘇の葉のギザギザからうすみどり幼いバッタが小さくジャンプ

     植え込みのハマナスの実の色づいてみなみ館閉館となる
  
     この夜が明日の朝に続くとは限らないのに明日を思う






8
    色のなく空の明けゆく百日紅

    遠くに花火うすうすと雲流る
   
    少女らの秘密の話オクラ咲く

    育ち過ぎた胡瓜を乱切りラタトゥイユ   
 
    窓四っつ開け放している屋根裏に明け方の風ひやり吹き込む

    地下鉄のホームへと階段を降りかければ急に烈風吹き上げてくる
  
    このミルク・クッキーは「札幌農學校」と名のありサクサクほろり
 
    とぎれとぎれニイニイ蝉の初鳴きか茗荷をひとつ収穫した朝
     
    線路きわ狭い空き地に3頭の山羊繋がれて草を食みおり

    夕闇の空に突然稲光空を引き裂く一瞬の線

    未だ明けぬ空に堂々十六夜の月赤くして西の山の端






7   
    耕運機の道案内のごと鴉

    じゃが芋の湯気ゆらゆらゆら蒸しあがる

    「トマト味噌」フツフツ煮える昼餉時
    
    始発駅午後の電車に誰もいない日除けは全開光溢れる

    暮れなずむ琵琶湖畔に一筋の煙昇りゆき雲に紛れる
  
    触角を伸ばして黒く光りたるゴキブリ1匹深夜のシンク
  
    夕焼けの空に鋭い声響く電柱のてっぺん鵯一羽

    空き家前に停まったベンツを点検か車スレスレ鵯が飛ぶ
     
    錆の出たフェンスに絡むヤブガラシ細かい花を咲かせている
 





6
    日陰なし古川町通りの正午

    真竹の筍の堅牢たる皮 
 
    前をゆく猫へひと声呼びかければピタリと止まり辺りを見回す

    対岸に立つ青鷺と向き合って焼きそばパンを齧りはじめる
   
    遠慮がちに暮らしているはずなのに3日分のゴミ袋重い   
   
    雛を2羽連れてセグロセキレイはもう10分もじっと電線に

     パキンパキカンカンカンジャージャーキーン近くで誰かが作業している
   
    映画には行かなかった雨の午後甘夏みかんの厚い皮を剥く

    田植え前よく耕された田の土を雀の群れがつついてまわる

    この春に枯れてしまった連翹を根元から切りしばらくオブジェに

    ドア前に昨夕置いた猫ごはん今朝はすっかり空になっている

    問い合わせた電話の向こうのAIに問い返されて受話器を置いた






  5月
    自転車の少年を抜き燕飛ぶ
         
    蠟梅の勢い増して芽吹く朝得難い友の身罷るを聞く

    蠟梅の若木の先の若い葉を手荒く捩り西の風吹く

    花穂を出したフタリシズカのいくつかがようすを変えてヒトリシズカに

    5分前に垂らしたばかりの麻紐に山芋の蔓もう絡みつく

    真白な菖蒲とマジェンタの過激春咲きグラジオラスを花束に
  
    捨てるために切断している風呂蓋と鋸ギシギシ不平を述べる

    筍の尖る穂先の強々と「何でも鋸」でキコキコ皮切る
  
    庭先に筋白蝶舞い部屋のなかに小さな蛾が飛んだ5月10日

    何処からかふいと現れ2年経ちふいと立ち去った片目の斑猫







 4月  
   キュウリグサ オランダガラシ花盛り

   みっしりとイノコヅチ付け猫帰還

   桜散り赤い花柄の残さるる

   地面這うヘクソカズラの蔓を曳く夏と変わらぬ強い臭いが

   植物も戦争をするのだろうか苔とカタバミせめぎ合っている

   シロバナタンポポの咲く空き地ツグミが一羽急に飛び立つ

   夕陽射すせせらぎの岸紫にあらせいとうの群生ありて

   淡い淡い緑の小さな花の咲くオリーブの枝から芳香漂う

   植え込みのオリーブの花香り立ち蜂も寄り来る「みなみ会館」
   
   日没の4月の空はぼんやりと灰色でもなく青色でもなく
   
   鵯と朝の挨拶交わしたり「そろそろ桜が散りはじめたね」
   
   飾りたくなるほど黄色に咲いている菜花を2パック買って帰りぬ

   大型のトラック何台も駐まり 昼のコンビニは西部劇めく




     


 3月

    少年の後姿を春疾風

    シャガの葉の倒れたままに雪解ける      
  
    ほあほあと綿毛まとわせ花穂揺らす2月のセイタカアワダチソウは
  
    枯草の覆う斜面の中程にひとかたまりに水仙の咲く
  
    まるでコンテンポラリーダンスの舞台 柿の裸木 畦に連なる
   
    生け垣の隙からこちらを凝視する仔猫の丸い目まばたきをせず

    庭掃除をすれば尾を立て猫たちの現れる朝もあったあの頃
 
    西陽もろにあたり始めた餌台に名前を知らない小さな鳥来る

    車輪梅に守られるごとハコベラのほつほつまばらに芽吹き始める

    中心に点を集めてホトケノザ花を咲かせる準備はじめる

    西の空やまぶき色に満月の3月8日朝5時のこと
  
    見きれずに途中で止めた「チェルノブイリ」忘れられない消防士の顔

    スーパーのめったに買わないレジ袋持ち手の長さがずれてちぐはぐ

    電柱のちょうど向こうを沈みゆく太陽は一瞬輝きを増す





   

 2月
  
 雪道の猫の足跡溝で消え 

   
南天の房重なりて青い空

   未だ少し枯れ葉の残る沙羅の木に銀青色の細い芽吹きが

   青空の青色薄らいでくる時間淡く流れる雲は茜に

   2年振りに蕾をつけた蠟梅へ集中攻撃のごと鵯の来る

   鵯のためにわけあり安売りの林檎を一箱買い求めたり

   雪の朝りんごをつついた鵯の高く叫べば小枝の雪落つ

   1度ずつ林檎を啄つき目白2羽ともにせわしく飛び去ってゆく
  
   庭すみの穴に保存の下仁田葱 外皮を一枚めくれば真白
      
   狐の毛で編まれたというセーターはふわりと軽くふわりと白い
   
   6Bを削り器なんかで削るなよ!芯が台なしではないか!夫!






1
   
   
ひと抱えの日本水仙かぐわしき

  
 甘藍を丸ごと煮ている寒の入り

   大粒の苺を齧る霙の夜
       
   5種類の茸の茹で汁まっ黒に「アタシハ魔女ヨ」と言いたくなった
   
   「深夜1時柱時計の音ひとつ鼠びっくり」とマザーグース
     
   12月の蠟梅の葉の大きくて黄色はらりと音もなく散る
  
   欅の葉散り敷く小道日陰道 湿った土の匂いたちくる

   冬の雨降りしきるなかジョウビタキ欅の梢を飛び渡りおり

   落葉のすべておわりし大欅さざめき交わす梢の枝先

   
ブティックの店員さんが粕汁の具材について詳しく語る

   早口で質問攻めの女医さんにたじろいで血圧158
   
   水木一郎のアニメソングの勢いを借りて漸く台所に立つ

   公園の低い鉄棒に触れてみる「逆上がり」はまだできるだろうか






2022年


12月

  
桜木の紅葉ヒトの住まぬ庭

   里芋のごろごろと無人販売
 
   柊の青空を指し尖りたり
      
   ささやかな陽だまりを捜し朝の猫今朝は電信柱の処

   黒と茶の毛並みの光る若い猫突然走り植え込みの中へ  
 
   「君はきょう空を見たか?」と詩の言葉 夕暮れた空は濃い鼠色
  
   午前10時立ち込めた霧のやや薄れ色のない空鴉飛び去る
       
   灰色に覆われた空へプラタナス黄色く明るむ三角公園

   西空に小さな雲がわらわらと朱の花びらの散り舞うように
   
   三匹の猫駆けつけて夕ご飯それぞれ別の茶碗に分ける

   クリスマスのリースを作る萩の枝と屁糞葛と初雪葛と

   背後からじわりと冷気早朝の外気を伝えるガラスの窓が

   黄色い葉すっかり落ちて萩の枝 風に縺れて絡み合いたり

   カシャカシャとザッピングを繰り返し「大相撲九州場所」で止まった



  
11月
  
  
未だ碧い柚子と薄赤い南天

    あす師走ムラサキツユクサ狂い咲く

    昼テレビ「蕪の煮物と葉の菜飯」

    山並みを背景にしてメタセコイア二本対峙す黄色みを帯び

    鵯 の声高く響き遠くから返事のようにやや低い声

    照り映える南京黄櫨の並木道十一月の駅へと続く

    道の端のスミレの葉っぱを喰い尽くしツマグロヒョウモンの子ら迷い出す

    白と黄と紅と小菊の咲き乱れ垣根を越えて川まで伸びる
 
    鉄工所の鉄骨すべて撤去され賃貸アパートの新築工事
 
    満席の近鉄特急京都線うしろの席から東京弁が
  
    空席の優先座席の前に立つ高校生らの談笑の声

    カートに載せコントラバスを運ぶ人 乗車瞬時に片隅を確保





10月

   
鉄塔の先どこまでも鰯雲

    あの山を越えてもきっと青い空
  
    立ったまま朽ちて枯れゆく曼殊沙華

    葬列に手向けたい白い曼殊沙華
 
    曲線と斜線と縦と夕空に落描きハタハタ蝙蝠の飛ぶ

    低く飛ぶ蝙蝠の黒い丸い目と一瞬たしかに視線が合った
  
    目覚めると見知らぬ街を歩いていた見知らぬ雲が静かに流れた
      
    秋の陽をゆらゆら黄花コスモスにツマグロヒョウモン飛び交っている

    薮を覆いさらに伸びゆく葛の蔓 酔わせるように甘い花の香

    立ち籠める葛の花の香何処かに忘れてきたことを思い出しそう

    朝刊の「横道世之介」を真似て味噌汁を作る茄子と冬瓜
       
    明細書の手触りやわらか中質紙メモ用紙にと二つ折りにす

    九条通りに面して「東寺書院」ありガラス戸の外に週刊誌並ぶ

    かなり古い本が今でも新刊書!その時の値のままに売られる





9月

 
  雷鳴を伴奏にしてリコーダー

   柔らかな秋海棠の苗三株

   シャリシャリと9月の西瓜冷た過ぎ    
 
   たっぷりと豊かに枝垂れる白萩に丸花蜂がフルフル近寄る

   竹林をざわりと揺らし椋鳥の数羽の群れが飛び立ってゆく
    
   道すがら見知った猫に出合いたり声を掛ければ慌てて溝へ
  
   ベールのように雲の掛かりて十日目の月の輪郭おぼろやおぼろ 
 
   通り雨を避けている間の古書の市ビニール越しに背表紙を読む
  
   雨上がりそぞろ歩きの若きらも華やいでくる納涼古書市

   色褪せた「ガロ」20冊の平積みは数年間のとびとびの号

   九条大宮から七条烏丸までバス15分竹田街道と八条経由

   強い陽と照り返しの熱もろに浴び9月半ばの九条烏丸

   銃撃事件から少し変わってきたようだ報道番組の雰囲気

   五十年前 統一教会に飛び込んだKさんは今どこに

   台風の去った早朝FMにカンタータ35番を聴く





8月

 
 ズッキーニの大きな蕾ひらく朝

  ムベの実の青々と棚しなう程
 
  土砂降りに食客猫の雨宿りリビングまで来て眠りこみたり

  土砂降りの小止みになれば女郎蜘蛛巣の修復にせわしせわし
 
  配色のとても綺麗なお手玉に「和歌山」とあるCAPIC即売会
 
  蠟梅の葉の全くに静止して午後5時の空は限りなく青

  雲が行くメタセコイアの並木越え湖の向こう伊吹山の方
   
  アスファルトの割れ目に独りヒメジョオン蕾いくつか俯きかげん
  
  パラソルなし!太陽ギラリ畑道 里芋の葉を横目に見ている

  ソックスを履きかけて見る足の爪親指だけが伸び過ぎている




7月

  
雨跳ねるビニール傘を透かし虹

  七夕に夏の籠りを始めたり

  花盛りアカメガシワとネズミモチ

  三度豆CとOとの形に曲がる

  言いたいことを言わないでいるかき氷  
   
  ひとつまみのローズマリーを嗅ぎながら帰りの道のゆるやかな坂

  清爽な且つ強い香の立ちのぼる「月桃」の袋の端を切れば

  あちら向きこちらを向いてアガパンサス涼しい色を思いのままに
 
  コンビニ脇のアカメガシワの花盛り缶酎ハイで花見の宴

  何回か途中で帰ろうとした映画「私のはなし部落のはなし」
  
  「猫食堂開きます」と声を掛ければ競争のように2匹駈け寄る

  唸りながら鶏肝を喰らい顔をあげ猫ら大きく舌なめずりを

  早朝のまだ暗い道の真ん中に猫ら3匹ごろり寝そべる

  参院選の直前なれば電話ありあちらこちらの少しの知り合い

  フランドル14世紀のひそやかな静かな祈りの歌を聴く
  
  「夢十夜」の朗読CDを聞きながら夏野菜の煮込みを作る



  
6月
 
 
 
 二番咲きアヤメの花の小さくて

  水仙のすっかり枯れて倒れ伏す

  淡紅のまどろみの間の合歓の花

  ヒバリ啼き納骨の儀のはじまりぬ
  
  スーパーのコーヒー豆の棚の前見知らぬ人と珈琲談義

  この朝も2時7分前駅前の時計の針はずっとこの位置
 
  目を開ける度に窓辺の明るんでバイクの音の近づいてくる
  
  何回か生ごみを埋めた庭隅にじゃが芋の葉の豊かに繁る

  自然生え日陰にひっそりヒペリカムか細い枝に黄色な花咲く

  古株のミズヒキ頑と根を張って周りに小さな双葉混み合う

  複雑な総譜にたじろぎ自分用にアルトパートを抜き出して写譜
  
  二つずつ柄付き桜桃並ぶ絵の日めくりカレンダーきょうは22日

  イタリア語の響き心地よくマカロニウエスタン今夜も見ている

  「素麺でいいか」と問えば「素麺がいい」と返ったとても暑い夜

  わかるとかわるかわるとわかる 変わると解る解ると変わる




5月  
  
夕暮れの靄が溶けゆく桐の花

   着物着て若い二人の杜若

   山々の沸きたち騒ぐ椎の花

   繁茂するカタバミ押しのけ茗荷の芽

   鍋滾り泳ぎはじめる水餃子
  
   次々と声音を変える四十雀テレビアンテナにしばし囀る

   笹薮に見え隠れして尉鶲カメラを取り出す間に飛び去る
 
   開きかけの白い躑躅へ白い蝶ようす見のごと挨拶のごと
 
   柔らかく巻いた新芽のほどけると落葉はじまる椿の4月
 
   十日前真白な花に覆われた巴旦杏は今すっかり緑

   屹立の葉は小刀の乱立 一八の花半分開く

   やわらかな葉先のフリル薄緑サニーレタスにふわりそよ風


  

4月
  
 
春嵐 飛ばされるごと猫走る

   
花のような赤い新芽を赤芽柏

   桜吹雪 両手を拡げ子ら走る

   春の陽の駅前広場さざめいて新芽のように子どもらがゆく
 
   本屋さんに現金自動支払機3冊抱え瞬時立ち止まる
  
   朝6時6つ切りキャベツを無理矢理にポトフの鍋に詰め込んでいる

   連れ合いに小言を云えば昼の窓リハビリ歩行に励む人あり
  
   左利きの真似をしてみる数時間辺りが違って見えてくる不思議
  
   片手鍋の山蕗くったり黒ずんでくつくつキャラブキ煮あがってゆく

   外猫の水飲みカップに浮いているアーモンドの花のひとひら




3月 
 
  
音もなくビニール傘へ春の雨

   裸木に囲まれ紅の梅ひらく
 
   菜の花の蕾の密集 黄を帯びてふくらみ始める斜面の畑

   ハクセキレイ軽く川面に触れながら低く弧を描き川遡る
 
   晴れわたる空を風花はらりはらり黒手袋にひとひら消えた

   ビニール越し店員さんの説明は遠い星からのメッセージのごと

   自転車を押して乗車の高校生らヌードル啜る信楽鉄道
  
   ささめ雪の夜を突き抜け走りゆく猫よ!いったいどんな用事が?

   枯草の下に散らばる青い点 地面を這ってイヌフグリ咲く

   「国境にオーケストラを作ればいい」演奏の間にサックス奏者
     
   早送りも巻き戻しも絶対しない40年前のカセットテープ

   ベランダの真上に半月 午後7時洗濯物を取り込んでいる




2

    わらわやと雀と鴉と二月の田

    白い頬光り飛び立つ四十雀
  
    容赦なく吹きつける雪へ真向いて足踏み数回鴉飛び立つ
   
    堅牢な鴉の嘴網目越しにゴミの袋をつついて破る
  
    十六夜の月こうこうと青白く残雪まばらな町のしんしん
    
    水平に低く飛び来て鵯は椿の赤い花弁を啄む
     
    紅と白入り乱れ咲く山茶花の生け垣に沿い角を曲がりぬ

    木の葉模様あわく浮き出る大振りの湯呑に柚子茶を満たす午後4時

    眠る度いくつもの夢果てしなくおぼろおぼろの影になりゆく
  
    この版画は今の私と少女期の私が対峙しているようだ

    香港からの少女のような宣教師の「祈り」を語る透きとおる声




1   
    雪もよいセグロセキレイ道を跳ね
   
    濡れ縁に冬の薄い陽猫ねむる
 
    裸木に果実のように雀5羽

    朱色褪せ烏瓜ひとつ笹の薮

    南天の紅白の実のたわわなり 

    緑ゆたか葉っぱゆさゆさ大蕪いちばん大きな鍋を棚から

    キッチンの小さな窓越し雲ひかり蕪のシチュウを煮込み始める

    うっすらと雪の掛かった石段にスタンプのごと猫の足跡

    マフラーを頬っ被りして西風に向かって歩く川辺の坂道

    お昼どき冬の青空風もなし路上生活の猫らは何処に
      
    いつまでも冷たいままの指先に深夜のラジオはレゲエを流す
   
    17世紀のノエルを聴きぬ1月6日公現祭の日

    強風に枯れた芒のひれ伏せば雀の群れの俄か飛び立つ

    剪定の松の大枝貰い受け正月花は松一種生け







2021年

12      
    月食を猫といっしょに落ち葉ふむ
   
    銀杏のぐしゃりと潰れ幾粒も横断歩道にへばりついている

    用捨なくズボンを靴を刺してくるセイタカウコギの種の鋭し

    壁と壁の一尺足らずの隙間にて八つ手は白い花を咲かせる
 
    米粉製パウンドケーキの立ち売りも西の入口に青空古書市

    箱入りの「文様図鑑」を開ければ黴の匂いの微かに立ちくる

    漫画本 勝又進の一冊を購入したり秋の陽うらら

    若きらの自転車ビュンビュン走り来て歩道の端の端までよける
  
    灰神楽を浴び続けていたような人生だったと唐突に思う

    扉全開カウンターだけのカレー屋さん6人程が外に待ちおり

    行列の整理係もふたり立つ出町ふたばや豆餅の前

    ルーペ持ち大阪の地図を広げたりビルの火災の午前のニュースに






11月
   
蒲公英の返り咲く野に秋の蝶

   菊の花・銀杏・日野菜・鷹の爪

   薄野に背高泡立草もいる

   起き抜けの背中ひえびえ銀木犀

   日溜りをあちこち巡る路上猫
  
   猫達のほんの少しの食べ残しにゴーッと旋廻スズメバチ来る

   鳴き交わし飛び交わし鴉三羽 電柱と屋根と空とフェンスと
  
   北国の寒い季節の映画を見る「海炭市叙景」十月の夏日

   原作の佐藤泰志の小説は何か足りないあるいは過剰
 
   皮ごとの紅玉リンゴのジャムの鍋ふつふつ滾り淡い夕焼け

   透きとおる白い果肉の現れる凸凹固いハヤトウリ切れば
     
   レシピ本を何度もめくって確かめる半年振りのローストビーフ

   形見分けに届けられたる柿の実の追熟してゆくテーブルの隅

   むにゅむにゅになってしまった柿7個思い切ってジャムにしてみる






10

    抜け道を金木犀の香の降り注ぐ

    白萩の地面すれすれまで枝垂る 
 
    透明なビニール傘に雨粒の跳び跳ね夏の去ってゆくらし

    せわしなく翅黒蜻蛉の飛び交いて大宮川は水かさを増す
 
    「断腸亭日乗」四十年間 荷風の日々と東京の日々と

    諸刃の刃にて 荷風自身と時代を切り裂く
 
    無印のジュートの同じバッグ持ち隣どうしに団地行きバス
 
    垣根越し白い芙蓉にシャッターを切ればチワワの慌て吠えくる

    ヘルメットを外して笑窪くっきりと足場工事を終えた青年

    冬瓜と南瓜と秋茄子つまみ菜と軽トラックに売られていたり

    粉雪のようにサラサラ鍋のなか炒られ炒られて卯の花の白

    ごつごつと固く木瓜の実7つばかり枝の続きのように生っている






9月   
     椋の木の大樹の並木古書の市

     わやがやと学校帰り百日紅
  
 夢歌  
    迷い込んだ山道の奥に古い家開け放たれて座敷の続く 
    次々と妖術のように大皿の卓袱料理を作務衣の男
 
    一本道マウンテンバイクで湖へ水辺でバイクはホーバークラフトに   
  
    たくさんの人と対話の夢のなか出会ったことのない人ばかり  
    曖昧な顔の人らと一晩中意味の不明な言葉を交わした
    内容を思い出せない何ひとつとても寛いでいた気もするが   
 
    大テーブルで自習している少年らにお好み焼きを焼き続けていた
    持ち帰りにと四角い箱が重ねられお好み焼きを四角に切った
 
    蓮根が次から次へと届けられ蓮根料理に追われる山小屋
    蓮根煮・蓮根天婦羅・蓮根お焼き・蓮根きんぴら お皿溢れる
 
    小学生の遠足に紛れ薄暗い博物館をうろうろ歩く
    引率は「伊集院光」 あれこれと昔の暮らしの蘊蓄を聞く



    知らぬ町の公民館の会議室 北野さんに声を掛けられる
   
    一人だけ黒い詰襟の少年が混じって走るマラソン大会      

    トロッコ列車のボックス席に幸江さんと蓉子さんとマリエさん
    「渓谷がきれい!こっちにおいでよ」と幸江さんが言った
    
    「違う違う!そんなんじゃない!」誰かに何かを必死に叫んだ
  
    「ぼんやりしたブルーの世界には強いはっきとしたブルーを入れるのだ」
    ぼあぼあと天から声が轟いて電信柱が真っ青になる
   
    「証の文字を売ってくれないか」 と背の高い男に声掛けられた
    「自己証明」の「証」の文字を売ってしまい自分が誰か判らなくなった


 
    見るからに怪しい男と女とに唆されてお寺の廚へ
    さらにさらに脅されるように毛皮のコートを持ち出し庭へ
    
    「甘」の字をごく細長く長方形の囲いをつけたフォントを作る
    もう一つ甘藷の形の楕円形 丸くて太いフォントも作る
    
    貝に乗り底なし沼を漕いでゆく岸からわぁわぁ悪口言われて
    
    鳥居下にカザグルマを売る露店少女が二人しゃがみ込んでいる
    
    階段を降りると壁だけの部屋 地下鉄の音が近づいてくる
   
    出る間際の大型バスに飛び乗ればトンネルに入りずっとトンネル
     
    青インクで雑に描かれた少女像いきなりすっと立ち上がった





8

    朝6時蝉のセッション始まりぬ
  
    坂道を白いパラソル半夏生

    東風ゴーヤの吊り紐千切りたり

    コンクリートを割って芽生えた猪独活は2メートルを優に超えたり
 
    持って出る手提げ袋を決めかねて雨もよいの空を幾たびも見る
  
    にわか雨に路上生活の猫2匹離れて坐る空き家の軒下
  
    取りこぼしの竹輪の欠片に続々と蟻の群がるごみステーション
 
    むぎゅむぎゅと小さな巣のなか燕の子ら伸びあがったり大口開けたり
           
    小さめの巾着型のポッシェットに消毒ジェルも入れて散歩へ
  
    西からの風吹き通る丁字路の楠の陰にしばし佇む

    桜木の葉陰の深く昼前の天孫神社にジャランと鈴音

    誰もいないビジネス街の日曜日法律事務所の前に自転車
 
    混んでいる205番のバスのなか触れたくないが吊り手を持った

    観客はちらりほらりの映画館ビリーホリデイの顔がアップに






7  
    四十雀高く囀り茜雲

    とおり雨のうぜんかづら色を増す
  
    道の端の姫小判草しゃらしゃらとちさく小さく音を鳴らすや

    滑るようにセグロセキレイ低く飛び浅い川瀬を遡りゆく
 
    夏椿の陽ざしまだらな木陰にて熟睡の猫に花ひとつ落つ
    
    一日中雨の止まない木曜日季節外れのリンゴを煮ている

    4株のゴーヤは伸びる蔓の先を触手のように絡め縺れて

    初咲きのゴーヤは雄花ひょろひょろと花柄の長く静かに黄色





6月 
   
 風そよりタビラコ揺れる線路わき

    ヤマモモの実の固けれどたわわなり
      
    困っても時は過ぎゆく迷っても時は過ぎゆく今と今と今

    自作自演自己満足のこのページ自作に癒されている不思議
 
    さわさわとさざめき交わす青楓 赤いプロペラ飛び立つ準備
 
    大欅の下に小さなパン屋さんごろりごろんとスコーン並ぶ

    この夏はこのパラソルで凌ぐべし忘れ物市150円

    ブロッコリーもうじき花が咲き出しそう格安なのでふたっつ買った

    追熟をと笊に青梅広げれば清し香りの部屋を満たしぬ





5
  
  ゆあゆあと夢の夕暮れ桐の花

    苦瓜の苗の植えつけ雲低し

    たっぷりと藤の花房板塀に
   
    柔らかい芽に覆われた木々たちが慄き竦む今朝の西風

    強風のぴたりと止めば庭の木々アンリ・ルソーの絵のごと静止
  
    新芽ひらく赤芽柏に枯れ蔓の絡む破れた烏瓜の実 
 
    新しい白いラジカセをそろと置く台所の隅は特別空間

    捨てかけた30年前のカセットテープ歪みもせずにちゃんと聞こえる

    朗読の「坊ちゃん」のテープ廻り出し蕎麦を茹でてみようかと思う





4

  
    雪柳の花の続きか真白猫

    薮萱草群がり芽吹く浅みどり

    水仙の花の終わりのカサカサカサ

    保存にと土に埋めていた牛蒡モニョと土割る新しい葉が

    ひとかぶのシャガ増えつづけ生け垣に沿って花咲く灰青色の
 
    青鷺と白鷺ともに舞い降りる浅い流れの足洗川

    陽だまりを三段跳びに助走して羽音バサリと鴉飛び去る
 
    突風に一瞬すくむ横断半ば青信号が点滅始める
 
    湖西線「接触事故」のアナウンスに古い記憶の女性の姿が

    思い出すたびに更新されてゆくあの夏あの日のプラットフォーム

    下りにも上りにも乗らず女性ひとり真夏の陽ざしの真昼のホーム

    ぽつねんと 一人ホームに立ちつくす後ろ姿のスカートが揺れた
  
    電話にもチャイムにも出ずテレビ前寝そべり続ける暗くなるまで

    壊れては買い替え買い替えTVリモコン中古の品がようやく屆く





3  
    枯野からすいと飛び立つ翡翠色  
 
    菜の花と水仙を竹の篭に挿す 摘んできたままの無造作

    菜の花と珊瑚瑞樹をぎっしりと同じバケツに花屋の店先
 
    藤蔓に翡翠ひたすら静止する浅い流れの川を見下ろし
   
    ふわふわと頼りなくなった前髪が静電気を帯び視界を邪魔する

    駅ホーム雑誌を開いた目の端にスニーカーの足せわしく過ぎる

    薔薇色から菫色へと夕の雲 町並みも徐々に色を失う

    地図に見る「大東亜共栄圏」はあまりにも広く理解不可能
 




2
     氷点下の朝 蛇口の沈黙                      
 
     黒豆と棒鱈入りの茶碗蒸し長電話の間に程良い具合

     下茹でのゆり根の湯気につとよぎる幼い頃の生家の座敷
   
     静かなり冬の陽うすい昼下り後姿の《めるろ》が遠くに
    
     緑濃き葉っぱふさふさ人参が輪ゴムに括られ無人販売

     立派な葉に包まれ保護されブロッコリーしっかりみっしり蕾の固し

     老眼鏡を新しくした帰り道文庫本を3冊買った

     つけたままのテレビはマカロニウエスタン言葉の響きいと心地よし

     気に入りのコーヒーカップの縁が欠け〈めるろ〉も来ない二月三日




1
      道端の陽だまりに咲く仏の座  

     レトロ赤 花弁の細いガーベラの数本咲ける花壇を寒風

     白南天のたわわな枝を乱暴に蹴ってヒヨドリ水平に飛ぶ
  
     雪もよい駅裏広場に人影なく主のように鴉が一羽
 
     朝未だき朧な夢に登場の誰か分からぬ人らを辿る

     ゆめうつつ夢現とぞ幾度か繰り返してはひと夜の過ぎる

     知らぬ街の市場の賑わい人混みを搔き分け歩き歩き目覚めた
  
     押しピンひとつ きっとどこかにあるはずと
                   あっちの引き出しこっちの引き出し






2020年
12月
   
  丘斜面榎は褐葉雲流る
 
     塩水に解凍の牡蛎ゆらめける

     新しく菜箸を変え大晦日   
  
     庭隅に静かなバトル杜鵑草が藤袴へと侵略してゆく

     杜鵑草じわりと強い色を咲き藤袴の花儚げに揺れる

     真っ直ぐな竹の高きに山芋の蔓の絡みて零余子いくつか
   
     ひと晩を吹き荒れし風何処へか十八夜の月青く西空
  
     夏使いのバッグの底にへばりつく一円玉と捩れたレシート
 
     猫と月のカレンダーを予約する2021年に希望のありや?

     見上げれば空一面に羊雲地下道からの階段出口

     コザ暴動から50年目きょう 「民衆暴力」という新書を買う






11月
   
  青柚子の一枝 棘の鋭し

     黄葉の萩さやと揺れ茜雲
 
     「めるろっ」と呼べば一瞬振り返り素知らぬふうに角を曲がりぬ

     軒下のボール紙の上に一晩を丸く眠ってめるろはどこかへ

     橙色のキバナコスモスに橙色のツマグロヒョウモンしばし静止す

     3種類の珈琲豆を買いに行く珈琲色の手袋を嵌め

     淡緑ローズマリーの苗を植える素焼きの大きな12号鉢

     滅多にしないモヤシのひげ根を取ってみる手間13分の御馳走

     モーツァルトkv1番メヌエット短く簡単なのに弾きにくい





10月

     とおり雨葉書の文字の滲みおり

     瘡蓋色に花の涸れゆく曼殊沙華

     モーツァルトkv1番秋の空
  
     翅黒蜻蛉ハタハタ飛び交う川面へと仙人草の白く枝垂れる

     男郎花の花から花へ蜆蝶 山の辺の道はひねもす日陰
  
     捨てられたタピオカをストロで吸う鼠 夜ごと渋谷に出没という
     
     素手に痛い紫苑の束を手渡して「冬瓜もある」と友は宣う

     どのようなルートでも先は宇宙塵 残されそうな人参を煮る

     よく出逢う路上生活の猫2匹 ましろ めるろ と名前をつけた

     「文学館」の括りに釣られ ちくま文庫 星月猫とシリーズ揃える

      「夫車谷長吉」を読んで

     始まりはファンレターとか長吉と順子夫妻のなかなかの20年

     詩人順子 作家長吉 千駄木に亀とメダカも共に暮らしぬ

     観音菩薩順子の手の平を飛び回る悟空であったか車谷長吉
  
     「修行でした」と順子さんは回想す20年の長吉との日々
 




9月   
     草叢の甘く匂える葛の花  
  
     黄ばんだ実を一本残し立ち枯れる胡瓜カサカサ容赦なく陽

     勇ましくタカサゴユリの咲き誇る盆栽仕立ての公孫樹の鉢に
  
     食客の猫の僅かな食べ残しに蟻がみっしり群がっている
  
     よく通る青年の声に誘われ「無印良品」古本コーナーへ

     Mujiの店「捨てたくない本100円」に中上健次の「枯木灘」を買う

     読みづらい本を読み継ぐ夏籠り「万延元年のフットボール」

     もう一度見ないと少し解らない映画「よこがお」筒井真理子さん

     皿状の巣を完成させたキジバトはどちらか一羽 必ず留守居

     明け方のアイスノンは冷た過ぎ悪夢とともに早起きをした

     心地よいシャツが微妙に変わりゆく麻から綿へ重陽の頃





8月 
     雨あがる茗荷の花のみっつよつ

     朝顔の花を数えた朝もあり

     山蔭の緑深々臭木咲く

     固すぎた桃 くつくつとジャムを煮る
   
     パンの焼ける匂いスープの煮える音 いま朝刊がポストに入る

     仔猫をすすめられた昼 断って猫の不在の拡散する夜
  
     色のなく暗く重たい朝の空へ椋鳥叫ぶ幾度も幾度も 

     昼下り雨降りしきる電柱に鴉が一羽「クァ クァ クァ」と言った

     白樫に往来しきりキジバト2羽 皿の形に巣を作りゆく
  
     熊蜂も青筋揚羽も集い来る南京黄櫨は花盛りなり

     しおしおと色移ろいし紫陽花の切り落とされて横たわりおり




7月 
     沙羅の花 ほったり着地 空を向く

     宵闇に泰山木の蕾かな
   
     屋根と壁の間に空の四角形 深々と青 際立って青

     こぼれ種の青紫蘇の芽の込み過ぎて畑の隅の土ごと貰う

     種を蒔いた覚えなけれど朝顔のむっくり双葉を開きかけおり
 
     北行きの電車が先に来てしまい思わず乗った 琵琶湖を眺めた

     同じことを4回喋り同じことを3回訊ねた電話にて友
 
     空き家の玄関先に前足をきちんと揃え白猫すわる

     雨などは物ともせずに悠悠と道の真ん中を牡猫がゆく

     暗がりをするりするりと辿りつつ馴染みの猫が近寄ってくる

     「チョビクン?」と声を掛ければ振り向いた猫の右手はチョビとは違う

     片眼猫「めるろ」が食事にやって来る夜11時小雨のなかを

     ワタクシのこの老体にどれくらい細菌住むや納豆ご飯





6
     タビラコの花をかすかにゆらす風

     排水口の穴を彩る東菊

     朝露を光らせムラサキツユクサ   
    
     すっぽりと霧雨 朝を覆い尽くし雀らの声遠のいてゆく

     何処からかシジュウカラの高い声 夕方5時の真上に半月

     梔子と沙羅の花ともに咲き初めた6月13日土曜日
  
     青々と竹刀のような葉をつけて新玉葱が売られていたり
   
     明る過ぎる家電の店の一画に更なる光源スマホの並ぶ

     照明を受けてスマホは煌びやか妖しい光を投げかけてくる

     風袋は長閑な風情のガラケイもスマホの隣にゆるり控える




5月 
     初めて降りるバス停留所 薮椿

     ウイキョウの花さわさわと白緑
 
     人ひとり通れる程に笹薮の刈られた先にひそと野仏

     笹薮に隠れるように点々とバライチゴの花そぞろに白し
  
     旧型のノートパソコンの埃を払う「旅芸人の記録」を見ようと
 
     ぐんと伸び硬く筋張る茎の先にまるい蕾を4月の春菊

     赤茶色に新芽が覆う金木犀うるうるざわざわ東から風

     大欅の新しい葉の眩しくてマスクを外し深呼吸する

     うたた寝の夢から覚めれば幼き日の遊び友達ふたりの残像
   
     数本の野蒜の花を挿しおけば埃のように花粉散り敷く

     蠟梅の枝とガーベラを玄関に活けて掃除は途中で止める





4月
     
「猫町」へ辿り着くやも桜道                      
 
     光回線の工事の青年 苺ジャムの鍋を覗き込む 天真爛漫

     カチカチとペンチを鳴らし青年が「ここやったか!甘い匂いは」と言う
 
     あるじ一人客も一人の美容室小さな窓から静かに春の陽
 
     早朝のジンジャーティーが溢れ出す二瘤駱駝の絵のマグカップ

     自然生え5センチになった山椒に新芽のギザギザ淡く黄緑

     陽哉君14歳の誕生日に焼き鳥9種30本買う

     この朝はヒヨドリの声も穏やかなり志村けんさん身罷りたれば

     不可思議な生命体らし「新コロナ」とヒトは仲良くなれるだろうか

     月曜の午後1時過ぎ大手筋 若夫婦らが少し楽しそう

     コーヒーは必需品ゆえいつもより豆を多めに買い込んでおく

     舞茸としめじを並べ話しかけるほとんど人と話さなかった日

     「4月30日午後2時から4時まで開店します」とレティシア書房






3月

      菜の花の手折り一輪の手みやげ

     たどたどしい鶯の声くもり空

     蒲の穂のすっかり弾け綿毛なびく
 
     雪晴れの比良の稜線きわだちてトンビが一羽 旋廻上昇
 
     けたたましくヒヨドリ枝を飛び立てば啄んでいた椿の花落つ
 
     枯蓮とその長い影ともに踊る 渺渺と風 池の夕方
 
     「クィーン」のライブ録画をBGMに白菜ロール煮あがってゆく

     ひとすじのハコベラ水菜に混じりおり ひしゃげた花の白くうつむく

     ホトケノザ・イヌフグリの花ヨモギの芽2月24日足洗川

     畑一面 紅紫の敷物を拡げたようにホトケノザの花





2月
     陽だまりの窪地ひとかたまりに水仙

     北行きのバスの正面冬の虹
 
     10日後に閉店という文具店 2Bの鉛筆を1ダース買う

     ポン柑を一山買い足し持ち重りスーパー前のバス時刻を見る
 
     木蓮の蕾のひかる公園に対話するごと鴉鳴き交う
 
     側溝を見え隠れしながらそろり行く白いブチ猫ふいに振り向く

     巨大な実が生っているかと驚きぬカリンの枝に猫坐りおりて

     いまは亡き従姉のためのLLのパジャマはブカブカふわり卵色

     篭いっぱいの蕗の薹を分け合いぬ「天婦羅にする」「蕗味噌にする」

     もう昼餉のことなど話題にワヤワヤと良く晴れた朝ゴミステーション






1月
    裸木の桜にコゲラ二羽遊ぶ   

     歩きつつローズマリーの細い葉を千切れば香気に空高くなる

     笹薮に手の届きそうに烏瓜 蔓をたぐってそうっと千切る

     ネパールの毛糸の帽子はやや硬く仕上がっており鈍色深し

     ミニシアター隣の席の少年が涙している「タレン・タイム」

     土曜日の朝刊いつものクロスワード「眼光紙背」という言葉を知る

     北山から立ち昇るごと冬の虹 自転車の子が「わあっ」と指差す

     冬の虹に見とれて歩けば後ろから「お気をつけて」と声掛けられる








2019年

12月
 
   行儀よく明るく干し柿吊られおり

    「筑前橋」と右から横書き土佐堀川をそぞろ歩きのように渡りぬ

    あらぬ時あらぬ彼方を見ている目エゴン・シーレ20歳の自画像

    「救急車左へ曲がります」と太い声 深夜2時半サイレン響く

    くねぐねと曲がって花の咲いている小菊の枝をそのまま生ける

    西の風雀の群れの飛び騒ぐ散り舞う木の葉と戯れるごと

    寒風に煽られツマグロヒョウモン蝶 街の花屋のパンジーに着く

    褐色に伏せる葉っぱに鈴蘭のまるく赤い実ぽつり立ちおり

    鉄砲ユリの種カサカサと乾く朝古い時代のノエルを聴きぬ

    野仏と並び置かれた木の箱は無人販売 花梨と椎茸

    12月6日寒し 塩鱈と大根たっぷり粕汁を炊く

    12月上着もなしの白シャツで中学生らが登校して行く





11月
     青い瓶に赤唐辛子燃えあがる

     待ち合わせ時間つぶしのBook off ビル・エヴァンスのCDを買う

     モスバーガーの2階の席は何となく解放区めき2時間過ごす

     残り野菜クツタリ煮えた鍋の中へ ハンドブレンダー唸り始める

     離れたり集まったりして雲がゆく ススキの揺れる丘の向こうを

     ごく小さい青い柚子の実いく粒も道をころがる台風の後

     深紅なる櫨の一葉はらり舞い硬い路面に着地する宵

     たじろぐな朝焼けの空を鴉飛び時が流れ続けているだけ





10月
 
    十七夜の月を隠さず鰯雲

     たおやかに白萩 枝垂れ揺れる午後

     割れていない大きな柘榴 枝の先

     草叢にヤブツルアズキの花点る小さな黄蝶の乱舞するごと

     まっすぐに茎を伸ばして曼殊沙華ほんのり赤く蕾の尖る  

     がら空きの昼の特急 窓際の席を倒して雲を見ていた     
 
     ふたつみつイラガの卵の抜け殻をつけて欅は枝を拡げる

     葉の色の褪せた欅に秋の風 葉擦れの音のかさかさ乾く

      蟻の這う欅の幹に触れてみる樹液の流れを聞いてみたくて

     なかなかに会えなくなってあの頃のことをいくつか短歌にしてみる

     時折りの土曜日の午後四時頃に電話のありき廣子さんから

     柔らかなアルトの声でよどみなく短歌のことを語り続けし

     「砂金」のこと「ポトナム」のこと旅のこと たまに私に質問もして

     赤い靴 青空色のワンピース 赤いワーゲン 少女のままに

     「漕ぎい出よ群青の海」の詠歌 ランボーの詩「永遠」に重なる

     ランボーを探して本屋を巡りしと 「地獄の季節」から「黄金の船」

     とても寂しい風に佇む言葉たち何を求めて何処へゆくや





9月

     明けやらぬ空 カナカナの遠い声

     朝焼けの空禍々し 女郎蜘蛛

     木漏れ陽や晩夏の風の微かなり

     事務処理の電話で長々猫談義

     野仏と互い違いに彼岸花

     古桜の幹にぬっこと張り出したサルノコシカケ桜の落ち葉

     しゃらしゃらと狗尾草の揺れていて遠慮しながらチワワが通る

     8月の紫陽花しんみり翳りゆく青紫に錆色ひそませ

     二階まで朝顔伸びて今朝もまた紅と青との花をいくつか

     畑の熱のまだ残っている冬瓜と黄色いマクワを両手に受ける

     乗客は私ひとり循環のバスを乗越す夏の真昼間

     蒲の穂も薄もセイタカアワダチソウもすべてなくなりコンビニとなる

     植え込みとキッチンカーと右前に見えて速足「みなみ会館」

     店先に縦縞の日除け花柄のガーゼのハンカチを数枚選ぶ





8月

     アブラゼミ雀の口から逃げて飛ぶ

     紫蘇入り赤 紫蘇なし白と梅干しが丸い笊ふたつに並べられている

     落果したヤマモモじわじわ醗酵をすすめゆくらし土も巻き込み

     夕焼けの凌霄花につと止まり黄揚羽は翅を全開にする

     初咲きの夕顔の真白な物語7月20日夕方の雨

     生け垣をかき分け突き抜け鬼百合は派手な花弁を反らせ傲然

     均一の赤の包葉てらてらと咲かせつづけるアンスリウムは

     あの店によく流れていたシューベルト八重奏曲 今朝のFM





7月

     目立たなく綿毛を飛ばす父子草

     楊梅の実の熟しゆく雨上がり
  
     楠のよい匂いの風吹き抜ける剪定中の楠の木公園

     風のまま麻紐ゆらゆら揺れていても夕顔の蔓もうじき届く

     雨に打たれ蛍袋と月見草ななめに傾ぐ支え合うごと

     今朝もまた朱の花増える道端に姫檜扇水仙のひと群れ
 
     時の流れ悠かなるかなこの3分カップ焼きそばレモンの風味

     カタカタと土鍋のご飯炊けてゆく確かな湯気を吹きい出しつつ

     すりおろしたトマトも一皿と並べたり茶粥に添える柔らか尽し

     「カラマーゾフの兄弟」を再度読む二十歳で読んだ記憶は朧

     細密に木苺やトンボ描かれたボタニカルアート展の案内届く





 6月
     水仙の葉は枯れ尽しエゴの花

     言いたいこと言い出せずにいる紫蘇ご飯

     真っ白な猫に挨拶していると黒猫も来た朝の坂道

     傘の骨を軋ませ風の吹きつける千切れ千切れて北へ黒雲

     草冠を「心」にのせて「芯」となる私のこころに草のブーケを

     長い骨をくるりと輪にされ横顔の鱧のまるい目あかりを見ている

     長ネギを束ねた絵柄の布を買う大棚ざらえ端切れのコーナー

     「にがい・・」と味見しながら大鍋にこぼれるほどの蕗の葉を煮る

     ひと足ごとしっかり歩いている証リズム逞し節子さんの短歌





 5月
      遠く走る電車の音やシャガの花 

      侘助の新芽の尖り始めれば少し黄ばんで古い葉落ちる

     スコップで掘り返した庭隅の柔らかな土は猫の厠に

     土曜日の午後のこの空 果てしなく青と青と青ラララララ

     細い蔓くるりくるくるムベの棚ぼってりと花は重なり合って

     水の無い花瓶に挿した紅花の蕾つぎつぎ橙色をひらく

     スノウドロップの花束を渡し呉れながら耳の不調のことなど語る





 4月
     真昼間の半月白し東風

     とりあえず水に浸け置いた青梗菜 一夜に蕾すっくと伸びる

     青梗菜の蕾のサラダを大鉢に朝のテーブルの中心に置く

     逝き方の手本のように死を死んだ猫の墓にジャスミンを植える

     「どっちが先に死ぬのかな?」と話していたのに狡いじゃないか

     茜色の雲もぽっかり夕方の空の空色すこし嬉しい

     のびやかに枝を拡げた巴旦杏の花まっさかり田起しの畦

     コンテナをびっしり積んだ貨車が行く長々とゴトゴト大津京駅





 
      枯れススキ今もゆらゆら紅の梅

      明けやらぬ暗闇を切り開くごとヒヨドリ叫ぶ高き声もて

      薮椿うつむいて咲く雨の日はヒヨドリも来ずひっそりと赤

      崖下の人住まぬ家の門柱に幾重にも幾重にも葛の蔓

      食客の猫二匹揃い訪ね来るドアを開けるもじっと待ちおり

      茶碗蒸しの作り方など改めて検索している夕方少し前

      道順を3度も人に尋ねたり駅から3分耳鼻科の医院





 2月
      仄暗い午前10時の冬の雨

      瓶に挿した梅の蕾のほどけゆきほんの微かな香り立ちくる

       ロウバイの蕾ついばむヒヨドリの今朝の声音は少し穏やか

      幼き日の「私」がついと立ち上がる一陣の風 木の葉くるくる

      病院へ用のある人たち降りてゆく曲線のホーム上栄町駅

      待合室の窓ガラス越しに白い雲 牡羊の顔でしばし動かず

      エコキュート壊れてしまって考えた「湯水のように・・・」という比喩のルーツを





 1月
      ささやかな猫のぬくもり足の先

      錆びついた鉄柵にひとつ烏瓜

      赤茶の葉堂々聳え裸木を見下ろしているメタセコイアは

      半分に切った蜜柑をあちこちの小枝に挿して小鳥を待ちぬ

      おりんさんの楢山行きの日のように初雪はらはら吾が誕生日

      黒土がしっとり湿りふさふさと葉っぱも揺れる大根重たし

      蓬莱駅に停車のままの車窓から「9条を守ろう」と大看板見ゆ

      手つかずの空白の明日が続いている猫の表紙の新しい手帳









2018年
 12月

      紅葉のイヌタデ放射に地べた這う

    草紅葉の乱れる小道 朝の露

    夕凪のような日ざしに鉢植えの公孫樹ひっそり黄葉してゆく

    スズランの枯れた葉っぱをひとつかみ明るい黄色のポットに飾る

    朝顔の枯れ蔓と赤いサネカズラ合わせて小さくリースを作る

    カラスウリや香るカリンのことなどを手紙に書きたし「不在」の人へ

    茜雲このまま春になりそうな街の夕方プラタナス散る

    雨上がり土は黒々ふたつみつ白侘助の落花の映える

    「きみのためのバラ」という文庫本一冊買って特急に乗る





  11月

      西の風すすきの花穂の照りうねる

    空き家の濡れ縁の下へ走り込む野良の黒猫突然の雨

    朝の窓 右から左へ鳥影のばさりと大きく羽ばたきよぎる

    「忘れようとしても思い出せない」という絵のタイトルをを忘れられない

    男子女子ごちゃ混ぜにした徒競走女の子たちがなかなか速い

    体操服の胸元すこしふくらんで少女ら連れ立ち入場門へ

    組体操に先生ふたり参加して3段ピラミッドしっかりと立つ

    吹き飛ばせ吹き散らせ厄介な事どっどどどっこどっこ風よ風よ

    立ち枯れの彼岸花つづくバス道を歩いていたら猫が横切る





  10月

      朝顔の薄紅ひとつ午後3時

    日陰みち金木犀の香り降る

    野仏のひとりだけいる仙人草

    道端のスミレの上をはたはたと羽も破れてツマグロヒョウモン

    鈎形の尻尾をひとふり三毛猫が脇道に逸れ歩み去りゆく

    湖の少しだけ見える窓の席 読みかけの本開いたままに

    入場を待つ人の列長々と「生誕110年田中一村」展

    右側に並ぶ女性は一村の生涯と画風を詳しく語る

    ほの暗い森の枇榔樹・赤翡翠 南の島の風呼び起こす





  9月

     荷の子地面すれすれ白い花

    浮かんだ句を忘れてしまって藤袴

    ー30℃から+60℃寒暖計の範囲たしかめる35℃の日

    掛け違え ちぐはぐな裾に貝ボタンひとつ残りて海辺を思う

    明け方の静寂の完璧をきらりと蹴散らす晩夏の朝陽

    色褪せた花びらを纏いひまわりは種をみっしりつけて俯く

    ゆるやかな石段ゆっくり登りゆけば慌てたように石竜子が走る

    対岸のぼうぼう霞み青黒い雲垂れ琵琶湖に雨押し寄せる

    菊と栗バターナッツと3種類の南瓜ならべるオブジェのように

    青紫蘇と胡瓜を買わなかった帰り道 彼岸花の蕾を見つけた

    10歳の少女のように立ち竦む空の夕暮れ一面に赫






  8月

     朝の光へ朝顔の蔓のびてゆく

    水まきのホースの向こう小さき虹

    天に住む猫とメールをしたい夏

    アブラゼミに山鳩も交じる朝の声

    遮光カーテンの隙から朝の光線が書棚の二段め鋭く刺しぬ

    白壁にひらひら影を映しては影と飛び交うクロアゲハ蝶

    オニユリに触れてしまった 白シャツの袖を朱色が斜めに走る

    台湾みやげの乾燥トマト艶めきて口に入れればプチンと跳ねる

    「ママ ピーマン買わんといて」カート子供席からよくとおる声

     エクセルの表を見直すテーブルにひとつ置かれた桃の甘やか

     区役所の窓口に積まれた離婚届け思わず一通もらって帰る






 7月

      プロペラで飛び立ちそうに楓の実

    砂利道を歩きながらの電話くるザクリザクリのBGMと  

    62円切手張られてごく薄い手紙コソリと郵便受けに

    物語が穏やかに終わってゆくように雷鳴徐々に遠くなりゆく

    縦横にか細い蔓を絡ませるゴーヤに今朝は黄揚羽も寄る

    水草も茂る鉢から蓮の蕾ひと筋すっくと立ちあがりおり

    トネリコの根方の日陰キジ柄の猫長々と寝そべっている




 6月

      うす青い空に6月はじまりぬ

    ひめじょおん揺れる畦道 子犬連れ

    ガーベラのきわだつ赤へ筋白蝶

    真昼間の寺の中庭アジサイの陰に隠れてムラサキツユクサ

    シロツメクサを啄みもせず椋鳥2羽 歩きまわってついと飛びたつ

    てらてらと西陽西風サルスベリ葉裏を反す主なき庭

    色のない色のシートの音もなく屋根から下りて隣家かくれる

    白い影すいすい軽く足場ゆく隣の家の解体工事

    6月の山蕗太くたくましく縦半分にきゃら蕗を煮る



 5月


      葉桜の通り夕暮れ静かなり

    木箱から黄色ぎっしりフリージア香り溢れる路地裏は日陰

    せめぎ合うタツナミソウとドクダミとミョウガとオオバコも参戦するらし

    そろりそろり籔の斜面を登りゆく黒猫の背をまだらに木漏れ日

    日溜りの丸石に座り足元の綿毛のタンポポ飛ばしてみている

    遊歩道の敷石うねり起伏するメタセコイアの梢は高し

    シャーシャーと車行き交う161号線コンビニ前のバス停に立つ



  4月

  
   苔庭に落下椿の雨上がり

     水切りの飛礫のように3度跳びセグロセキレイ浅瀬をわたる

     濃紫 薄紫と薄緑 クリスマスローズ交互にうつむく

     大欅の根方にひょろりとホトケノザ紫紅の花を小さくふたつ

     「深夜食堂」の画面に並ぶ卵焼き・豚汁・焼うどん至極うまそう

     掛けっぱなしのFMラジオ次々とラブソング流す鯛のあら炊き

     この冬の名残りの白菜大根と葱を煮込みぬ3月末日

     わらわらと新しい芽のあちこちにギボウシ・チゴユリ・ヒトリシズカと



  3月

     丸ごとの皮つきじゃが芋春カレー

     薄ねずみ色の蕾を固く閉じ辛夷は空へ枝を拡げる

     一年前もたぶん今頃あの枝を見上げていました あわあわと空

     枯草の川辺を3羽のオオバンが薄い日差しをたどりゆくらし

     調理法をまったく知らない菊芋をひとふくろ買いぷらぷら帰る

     医療費の1年分の領収書 テーブルに置き5日が過ぎる

     千ページ「苦海浄土全3部」 息深く吸いページを開く

     新しいパソコンあれこれ新しい記号に画像に馴れないでいる




   2月

      撓むほど赤い実をつける南天に高く叫びて鵯の来る

     児らが行くプファットプファットフォッフォッフォ自分で作った楽器を鳴らし

     ラケットの手を上げたまま雪だるま午後の陽浴びてじゅわっと傾ぐ

     難民をテーマの映画混み合いて最前席に画面見上げる

     正月の松の緑の褪せてゆく松毬ふたつまだしっかりと付き

     ひょろひょろと3度目の芽を出す豆苗を数本ちぎりスープに浮かす

     ストーブを移動させれば猫もまた移動してきて丸くなる夜

     貼るカイロ・ダウンジャケット・毛糸帽・ブーツを履いてゴミ出しに行く

     「死の準備していかなくては」と思う丁度6時に目が覚めた朝



   1月

        明けやらぬ中天凍てる二十日月

     前を向き石の顔して歩み去る彼女は確かよく知っている人

     薄明に風荒ぶりて木々踊りセンサーライト幾度も点く

     うっすらと甘噛みの痕のついた手を犬は上目にそろりと舐める

     「ご自由にどうぞ」と筆の文字悠々 松の切り枝ガサリと並ぶ

     あちこちを向いた松の枝7本を花瓶ふたつに収めて新年

     元日に書き始めたる年賀状 名前のゴム印単調に押す

     信仰の書と読みすすむ「春の城」「島原の乱」を遠く思えず



     さくらいらくさ: 1947年生まれ大津市在住
     趣味 : 楽器(鍵盤楽器・リコーダー)・古楽・映画・散歩・猫・読書